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胸騒ぎ

 一方その頃、七星はリリィを探していた。  理学部棟の近くをきょろきょろと見渡し、リリィのお気に入りの場所や、茂みも確認しながら歩いていると、天敵と出くわした。 「げえ……翔太くん。会いたくないやつに会っちゃったなあ」 「それはこっちのセリフだ」  互いに睨み合いながらげんなりと答える。 「由宇くんと一緒にいないんだねえ?」 「このあたりにいるってメッセージがきたから迎えに来たんだ」  今は講義終了時刻より少し早い時間。今の講義が早めに終わったから、次の講義に由宇と一緒に行くためだと、七星は察した。"迎えに来た"という彼氏感溢れるワードに七星はむかっ腹を立てながら、煽りの笑みを向けた。 「へえ、それで由宇くんの場所が分からなくて探し回ってたんだ。だっさ」  先ほど翔太も自分と同じように、あたりを見回していた。七星はそれを見逃していなかった。 「それで、由宇くんはどこにいるって? 案内してあげるよ。感謝して」  七星と由宇を会わせるのは嫌だが、背に腹は変えられない。翔太は心の底から腹立たしそうに渋々口を開いた。 「……理学部3号館の長谷川教授の研究室だ」 「ふーん、やっぱりそうか。じゃあリリィは由宇くんと一緒だろうな。こっちだよ」  白衣を翻し、七星はさらに奥に進んでいく。建物同士の死角になっていた先に、綺麗な建物が見えてきた。  七星はくるっと振り返り、建物を指さし、得意げにニヤリと笑う。 「あの建物だよ。これでひとつ貸しね。優しい俺にたっぷり感謝してね」 「恩着せがましいな」  入り口の自動ドアが開くと同時に、翔太と同じぐらいの背の男が出てきた。ろくに前を見ていなかった七星はあやうくぶつかりそうになったが、翔太がひょいっと七星の白衣の襟を掴んで引き寄せた。 「これで貸し借り無しだな」 「むっか……!」  翔太は「すみません」と会釈をすると、相手もそれに合わせて軽く頭を下げた。 「いえこちらこそ、すみません。考え事をしていたもので。それじゃ」  微笑む瞳の中に、じとりと渦巻くものがあった。異常を感じとりながら翔太は、歩いて去っていく相手の後ろ姿を睨んだ。警戒していたのは七星も同じだった。 「あいつ、なんか気に入らない。香水も甘ったるすぎて嫌い。翔太くんも?」 「……行くぞ」  なにかの引っ掛かりを感じながら、二人は香水の残り香が漂う廊下に歩みを進めた。  目的地である長谷川研究室の扉をノックしようとすると、ちょうど扉が開いた。 「翔太! ……と七星も」 「ちょっと由宇くん。俺を見て明らかにテンション落とすのやめてくださーい」  開いた扉からリリィを抱いた由宇が出てきて、翔太は胸を撫で下ろした。先ほどまでの胸騒ぎがわずかに軽くなる。少し目を離すだけで、無邪気な由宇はどこかにいってしまいそうだから。 「でもちょうどよかった。リリィが俺んとこまで来てくれたけど、これから講義だしどうしようかなって思ってたんだ」 「俺もリリィ探してたんだ。リリィのこと見ててくれてありがと、由宇くん♡」  リリィはぴょこんと七星の腕の中に移動し、「にゃあん」と甘えながら丸まった。無事に飼い主の元へ戻ったのに安心し、由宇は翔太に目線を合わせた。 「ごめんな翔太、来てもらって。片付けしてたら遅くなった」 「いや、大丈夫」 「教授、今日はありがとうございました。楽しかったです! また来ます!」 「由宇がお世話になりました」  由宇と翔太は同時に頭を下げた。 「こちらこそありがとう。今度はお友達と一緒においで」 「はい! リリィと七星も、じゃあな」 「ばいばい、由宇くん……」  静寂の訪れた研究室で、七星は閉まった扉を悔しそうに見つめた。長谷川教授は、寂しそうな七星の背中に声をかけた。 「なかなかライバルが多いな、音石くん」 「はー、ほんっとにね」 「私は応援するよ」 「教授に応援されてもなあ……」 *  廊下を歩きながら、由宇はキラキラと目を輝かせて翔太の顔を覗き込んだ。 「長谷川教授の研究室、すごいんだよ! 動物園みたいなんだ。初めて見る動物もいっぱいいて、どいつもかわいいんだよ。猫もたくさんいてさあ」 「よかったな」 「うん! 教授もああ言ってくれたし、翔太も今度一緒に見に行こうぜ!」 「そうだな」  心から楽しそうに笑う由宇の表情につられ、翔太も笑みを綻ばせていた。

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