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迎え討つ

 2階まで降りてきたところで、「こっち」と七星は階段から曲がり、突き当たりの講義室に入る。そこはすでに電気がついていた。誰かいるんじゃないかと、志倉先輩の背中になるべく身を隠した。 「音石くん!」  広い階段教室はもぬけの空。たった1人でその場にいたのは伊田先輩だった。 「無事で本当によかった!僕は心配で心配で」 「うるさい。まだ終わってないから気ぃ引き締めて」 「ごめんなさい……」  志倉先輩の背から顔を出すと、飛びつくように七星に声をかけていた伊田先輩ははこちらの様子を見て目を見開いた。 「尾瀬!? か!?」 「尾瀬です……」 「どうしてそんな格好に……無事なのか……?」 「体は大丈夫ですが、メンタルは終わってます……」  志倉先輩が背中から俺をおろした。振り返った志倉先輩と、伊田先輩の視線が頭から足の先まで注がれている。穴があったら入りたいとは今まさにこのこと……! 「いやあ……しかし似合うな」 「そうだな。音石くんには敵わないけど」 「おい、俺の由宇くんじろじろ見るな」  七星は俺と先輩の間に割って入った。 「あの変態野郎、俺のこと馬鹿って言った。恥かかせてやらないと気が済まない。あいつ絶対ここに来るから、迎え討つ。二人は俺がいいって言うまで時間稼いで。こっちの様子は覗いちゃダメだからね」  七星は先輩たちに宣言し、俺に向かってにっこりと微笑む。そのまま腕を引っ張られた。迎え討つってどういうことだ。 「おいで、由宇くん」 「ちょ……何する気だ?」  引っ張られるがまま階段教室を登り、いちばん後ろの机の影にしゃがんだ。入り口からは死角になって見えないだろう。  メイド服の裾をぎゅっと握った七星は目を光らせて笑った。 「由宇くん……脱いで♡」 「……え!?」 「これ、脱いで♡」 「は!?」  思考止まってた。  何を言い出すんだこいつ、やっぱりどさくさにまぎれてこのまま俺を食べる(?)気か!?  思わず身を引く俺を見て、七星は口を尖らせた。 「むう……そんなに警戒しないでよ。その服嫌なんでしょ。俺の服と交換してあげるから。あいつ来る前に、急いで」 「あ……なんだ、そゆことか。疑って悪かった……俺の服取られてるし、代わってくれるなら助かる……」 「合法で由宇くんの裸体が見えるチャンス♡ ついでにどっか舐めちゃお♡」 「やっぱそれが狙いなんかい!」 「あら~声に出ちゃってた?」 「わざとだろ!」  そう言いながらも七星は白衣を脱ぎ、ベストを脱いでシャツのボタンを外しはじめている。  背に腹はかえられん! 俺はいますぐメイド服を脱げるチャンスに乗っかる! 七星なら恥じらいなく着こなすだろ!  ひとまず重たいウイッグを外すが、このメイド服すげえ凝ってて装飾たっぷりでどっからどう脱ぐのかさっぱりわからん! 「後ろ向いて、由宇くん」  もたついていたのを察された。ここは七星に任せよう。あぐらのまま、くるりと方向を変える。 「後ろにリボンいっぱいついてるね。ほどくからじっとしてて。うわ、変わった構造のメイド服だな……まさか手作り? 市販でこんなの売ってないだろうし……」  そんなに大量にリボンがついているのか。シュルシュルとほどく音とともに締められた腹が緩まっていく。そんで、七星の息が耳もとに…… 「ふふ……こうしてじっくり服を脱がせるなんて、興奮するねぇ……役得役得……」 「興奮すんな! もー自分でやるから!」 「そう言ってるうちに全部ほどけましたー。あとはするっと脱げるんじゃない?」 「あ、ほんとだ」  ぎっしりフリルの詰まったメイド服を脱いでパンイチになると解放感がすごい。重かったし、肩も凝った……これ毎日来てるメイドはすげえな……  と、脱いだメイド服をまじまじ見つめていると、シャツを脱ぎにんまりと笑う七星は、俺の下半身を見つめて…… 「パンツは女物じゃないんだね♡」 「見んな! お前もさっさと脱げ、そのズボン寄越せ!」 「きゃあ~♡ 由宇くんのえっち♡」 「もー!お前なあ!」  バタバタと口論しながらも七星が履いていた黒のスラックスを受け取って履き、シャツとベストを着こむと、七星の方はやはりメイド服を着るのに一苦労していた。ちら、と俺の目を見てから背を向けた。 「後ろお願い♡」 「おう」  えーと……このリボンをここに通して、コルセット?なのか?これをぎゅっと締めて…… 「うぅ、由宇くん、締めすぎぃ……♡」 「語尾にハートマークをつけるな! 変なことしてるみたいだろ!」 「変なことって? 何考えてるの?♡♡」 「だーかーら、ハートマークつけんなって! ……リボン結ぶのムズイな……縦になってるけどいっか」 「下手っぴな由宇くん、かーわいい♡」 「うるさいなぁ……」 「おいっ、足音!」 「!」  志倉先輩の声に、心臓が大きく鳴った。講義室の中はピリピリとした静寂に包まれた。机から顔を出し、廊下の様子を伺っていると、ドアの奥に人影が揺らめいた。ぞくりと悪寒が背中を駆け抜けた。 「……来たな。由宇くん屈んで。顔は絶対に出さないで。もう少し準備するから、手伝って」  七星の張り詰めた声に頷き返し、身を小さくして息を潜める。  そして案の定、ドアは開かれた。

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