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互いの思惑

「覗いちゃダメって……何すんだろうな」  講義室の入り口付近に取り残された先輩たち。階段教室の奥に消える二人を見送り、志倉は伊田の方を向いた。 「それ僕に聞くなよ。そりゃ音石くんには尾瀬とうまくいってほしいけど、やっぱり複雑な気持ちもあるんだよ。天使が誰かのものになってしまうのは……という複雑なね」 「お前そんなキャラだったか?」 「僕を変えたのはそうあの日、音石くんとカフェで出会ってから……」  伊田の語りを遮り、志倉はワハハと笑い声をあげる。 「ああ、それ聞いた。ここ最近でいちばん笑ったわ。よくお前らを負かした!ってな」 「笑いどころじゃないよ。あの時音石くんにガッツリキッパリ言われて、僕も小松も随分反省したんだから」 「ま、変われたんならよかったじゃん。二人とも前より生き生きしてるし、髙月を僻んでたころよりよっぽどいいぞ」 「そうだな。それもこれもすべて音石くんのおかげ……」 「さっさと脱げ!そのズボン寄越せ!」 「きゃあ~♡ 由宇くんのえっち♡」  奥から聞こえた謎に色っぽい声に、志倉は目を丸くする。 「え……ほんとに何してんだ……?」 「ぼ、僕は何も聞いていない何も聞いていない……」  危ない気持ちを抑えるため、俯き必死で首を振る伊田。それでも気になってついつい耳を澄ませてしまう。 「由宇くん、締めすぎぃ……♡」 「語尾にハートマークをつけるな!」 「……」 「……」  志倉と伊田の脳内妄想はご想像にお任せするとして。  カツン……カツン……  そんなひとときの平和を脅かす足音が志倉の耳に届いた。  まずい。志倉は盛り上がる(?)奥の二人に呼びかけた。 「おいっ、足音!」  静まった講義室で、足音に意識を集中させる。近くの部屋が開けられる音。さらに近づいてくる足音。  磨りガラスの向こうに人影が見え、ドアが開かれた。 「ああ、すみません。使用中でしたか」  顔を覗かせた三谷は、優しげな笑顔で笑いかけた。  三谷の顔を直接見てはいないものの、黒い殺気が感じられた。犯人はこいつだ。志倉と伊田は確信した。警戒を悟られないよう、自然に振る舞う。 「そんなところです。これからここで補講があるんですが、早く着きすぎてしまいまして」  伊田はにこりと笑い返して、ありもしない補講のことを話す。ここで三谷を騙して追い返すことができたら、万々歳だ。 「……この講義室、今日使用予定はないはずですが?」  逆に墓穴を掘った!  探るような目でじっと圧をかけられながら、志倉と伊田は内心焦りながらスマホを取り出す。 「あれ、そうなんですか。場所間違ったかなあ」 「誰かに聞いてみるか。どーも、あざっす」 「僕も質問があるんですが、よろしいですか?」  微笑んでいるのに笑っていない瞳で、三谷は二人をさらに凝視する。全てを見透かされているみたいだった。 「ここに二人組……もしくは三人組が来ませんでした?」 「い、いえ。知らないです」 「なんで探してるんすか?」 「勉強を教えていたんですがよっぽど嫌だったのか逃げられてしまって……」  三谷は話しながらゆっくり歩みを進めてくる。ここで止めれば逆に疑われるため、何も仕掛けられない。志倉と伊田の背後を覗き込んだ三谷は、階段の上……いちばん後ろの席を指さした。 「……そう、ちょうどあんな白いフリルが付いている服を着ていまして」  まずい!と二人は振り返る。由宇と七星が隠れている机の床に白いフリルがはみ出ているのが見える。 「あれはメイド服じゃなくて……っ!」 「僕はメイド服だなんて一言も言っていないんだけど。答えを教えてくれてありがとう」 「っ、待っ……!」  三谷は迷いなく階段をのぼっていく。  何とかして止めないと! と二人が追いかけだす。 「時間稼ぎ、どうもありがとう」  七星の綺麗な声が講義室に響いた。  立ち上がった七星は、メイドに姿を変えていた。それに加え、自分の髪色と同じ金のツインテールのウイッグを被り、白いうさぎの耳をつけていた。女子にしか見えない、いや、それを超えた完璧な美貌。  何が起こっているのか頭が追いつかず固まる三人を、階段のいちばん上で堂々と腰に手を当てて見下ろしている。  初めに冷静さを取り戻し、声を出したのは志倉だった。 「今度は音石がメイドに!?」 「あわ、わわ、ひぃ……!?」  推しのメイドを浴びた伊田は腰を抜かし、それを志倉が支える。 「伊田!おい、しっかりしろ! ……うわ、こいつ放心しながら音石のことガン見してやがる……!」  三谷はまだ七星を見つめて呆然と立ちつくしていた。 「な、ななたん……?」  ボソリとこぼれた言葉。ギリギリ聞き取れた知らない単語に、七星と志倉は首を捻る。七星は隠れている由宇に小声で、 「由宇くん、『ななたん メイド』で検索して」  と指示を出す。  由宇のスマホは三谷に奪われているため、七星のスマホを手に取る。そのワードを調べた由宇は驚きで目を瞬かせ、七星にスマホの画面を向けた。 「ふーん……そゆことね。勝ちは決まったな」  七星はニヤリと悪者のように顔を歪ませ、パニックになっている三谷の方を見やる。 「目の前にななたんが……いや、そんなはず……そ、それは尾瀬くんのための服だ、何故、ななたん……いや、君がそれを着て……」 「はは、それじゃあ始めようか。あんたが由宇くんを堕とす前に、俺があんたを堕としてあげる」

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