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三谷の過去

 ペシペシと頬を引っ叩かれる感覚。目の前には覗き込んだ七星の顔。院生室の隅のソファに寝かされていた三谷はガバリと起き上がる。 「気がついた? 変態さん」 「ななたん……!」  そこにはまだメイド姿の七星と、七星の服を着て居心地の悪そうな由宇と、鬼の形相で睨む玲依と翔太がいた。三谷を取り囲むようにパイプ椅子に座っていて、七星も端の椅子に腰掛けて足を組んだ。 「えーーーーと、三谷さん? どうしてこうなったのか、詳しく説明してもらいましょうか? あとメイド由宇の写真ください」 「せびるな!」 「ああそのデータ、俺のスマホに送って、そいつのスマホからは消去した」 「え!? 俺にもちょうだい!」 「誰がやるかバーカ」 「消せ七星!!」  由宇がツッコむと同時に、翔太は玲依と七星にデコピンをした。綺麗な顔を苦痛に歪める二人を一瞥し、翔太はさらに鋭い目つきで三谷を見据えた。 「誠心誠意、由宇に謝っていただきます」 「あの、俺の服と荷物どこですか? 返してください」  三谷は肩を下ろし、降参と言わんばかりに息をついた。 「……本当に、ボディーガードだね。あの頃も君がいて近づけなくて、接触を諦めたんだよなあ……でもやっぱり我慢できなかった」  由宇は首をひねる。 「あの頃? 最近知り合ったばかりですが……」 「ちょうど1年くらい前かな。尾瀬くんがスーパーでバイトをしてたころ……君は覚えていないかもしれないけど、一度だけ話したことがあったんだ」 「え!?」 「もう、僕がオタクだってことはバレてしまったから、正直に話すよ。あれは僕がななたんの出る女児アニメ『メルティ♡メイド♡シャンティー』通称:メルメイティの筐体で使えるコーデカードが封入されたグミを大量購入したときのこと……」  オタク特有の早口でいきなり始まった回想に、四人は渋い顔を見合わせた。 「やべえ、話の切り出しからついていけねえ。筐体?グミ?」  由宇がこそりと他三人に問いかけると、翔太が付け足す。 「アニメの筐体って、ゲーセンの端のほうにあるやつか?」 「たぶんそれだ。メルメイティって、日曜の朝にやってるやつじゃない? CMでカードを読み込ませて着替えるとかって」 「玲依、よく知ってんな」 「芽依の友達の花乃ちゃんが衣装が好きで見てるって言ってたような……」 「俺ゲーセン行かないしテレビも見ないし全く訳わかんないんだけど。つかこいつの回想とか興味ない」 「とりあえず先に話していい!?」  そう、いつもはコーデカード封入グミはネットで箱買いをしていたのに卒論で忙しくて予約を忘れてしまった。だから近くのスーパーで買い集めるしかなかった。  僕は大学デビューでね。中高のころはオタクだって散々馬鹿にされていたから、バレないように髪も服も変えて、爽やかな男を演じてきた。見た目と態度を変えるだけで生活は順風満帆になり、人は見た目だけで判断するものなんだと寂しく思う気持ちもあった。  とにかく、絶対にオタバレするわけにはいかない。メガネをかけて帽子をかぶってマスクまでしてまさに不審者のような格好で会計をしたのが君のレジだった。カゴがいっぱいになるぐらいの購入量でさすがに申し訳なくなって、つい謝った。そうしたら君は…… 『たくさんで、すみません……』 『え、ああ、全然です! 同じ物だったら数かぞえて個数入力すればいいだけですし。そんなに大変じゃないです。こちらこそお待たせしてすみません』 『いえ、たくさん買っているのはこちらの方ですし、ゆっくりで大丈夫です』 『はは、急かさないでくれてありがとうございます。実は数え間違えないか内心焦ってるので……おにいさんが優しい人でよかった』  僕はこんなにも怪しい格好をしているのに、優しいって言ってくれるなんて……と、冷めていた心が動いた。一生懸命数を数える姿に見惚れているうちにどんどん胸が熱くなって…… 『こういうのはよくわからないんですけど……お目当てのものが当たるといいですね。お釣り5円です。ありがとうございました!』 「ーーということがあって」

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