120 / 142

【番外】天気は移ろう

 土曜日の昼すぎ、由宇の家のインターホンが鳴った。ちょうどリビングにいた由宇は、インターホンの画面を確認し、目を見開いた。 「こんにちは! 由宇!」 「なんだよ、わざわざ土曜に……」  にっこにこと弾ける陽気な笑顔を振り撒いて玄関先に立っていたのは玲依だ。家を知られているため、こんな風に突然やってくることも何回かあった。今日はなにかナイロン袋を持っている。 「これ、由宇と一緒に食べたくて買ってきたんだ」  受け取った袋は見た目の割に重量があった。中を覗くと、袋いっぱいに何種類もの美味しそうなパンが入っていた。どう見ても2人分の量ではない。 「買いすぎだろ!」 「あはは、由宇と一緒に食べたくて……というのもあるけど、パン屋って目についたもの全部取っちゃって気がついたらトレイに乗らなくなったりするよね」 「つまり、ほんとに買いすぎたと」 「そうです」 「まあでも、嬉しい。ありがとな。じゃあ食うか」 「ぜひ!」  一緒に食べたい、と言うと由宇の性格上断りきれないことを玲依はわかっていた。作戦がうまくいって頬のニヤつきが止められないまま、由宇のあとをついて家に入る。そのまま2階にあがっていく。  何度かお邪魔した由宇の部屋。入るなり玲依は大きく深呼吸をする。恒例になっているその行動に、由宇は飽きもせずつっこんだ。 「入るたびに吸うのやめろよ! 俺の部屋が臭いみたいだろ!」 「すっごくいい匂いだよ。俺は由宇の匂いを全神経に取り入れたいんだよね。はぁ……落ち着く……いや違うな、興奮する……」 「こわっ……」  顔を引き攣らせながらも、座布団を用意してくれる。最初のころにお邪魔したときよりも、ずいぶんと警戒心がなくなったのを感じられ、玲依は自然と笑顔が溢れる。  冬はこたつになる予定の机に向かい合って座り、真ん中にパンの袋を置く。玲依はこれが何のパンなのか、説明をしながら袋から取り出していく。その様子を由宇は目を輝かせて話を聞いた。 「ーーというわけで、どのパンも美味しそうで買ったはいいものの、さすがにこの量は食べきれなくて……由宇がよかったら半分ずつにして食べたいなって!」 「うん、いいな。俺も全部食べたい! 包丁と……あとまな板持ってくる。飲み物もいるな」 「手伝うよ!」 *  大量にあったパンはすっかり机の上から消えていた。途中からは部活から帰ってきた由宇の弟である宇多にも分け、美味しく楽しくパンの集いは終了した。  そして玲依はやはり、由宇の部屋で駄々をこねていた。 「あ~~帰りたくない~~~~このままずっと由宇と一緒にいたいよ~~」 「もー、ほら早く帰れ。これから雨降るらしいし」 「そうなんだ……」  はぁ、とため息をついて重い腰をあげた。が、噂をすればなんとやら。突然、雨がザアザアと降り出した。窓を雨が叩く音がする。 「……ごめん、傘借りてもいい?」 「ほら言わんこっちゃない。でもさすがに雨ひどいし、多少おさまるまで待っていけば?」 「あ、ありがとう!  ッ!?」  迷惑かけてしまったが、もう少し由宇と一緒にいれそうだ。玲依は土砂降りの雨に感謝した……のは、ひとときの間だった。  ゴロゴロゴロゴロ……  ドーーーーン!! 「ギャーーーー!!」  雷の落ちる音と玲依の叫び声が同時に響いた。 「え、玲依……?」  (さ、最悪だ……! 由宇の前で、雷とか!)  玲依はうずくまり、耳を塞いでいる。ガタガタと震える背中にそっと声をかけた。 「……雷苦手なのか?」  ゆっくりと頭をあげた玲依の顔は真っ赤で、半泣きになっていた。言うか言わぬか、少し考える間があったが、この状態を見られたのなら言い訳も無駄だ。 「っ……うん……」  頷いたその次の瞬間、また窓の外が光り、大きな音が轟いた。 「うわーーーーッ!!」 「けっこう近いなあ」 「……由宇は平気なの?」 「ちょっとは驚くけど、そんな怖いってほどじゃない」 「すごいな。俺、大きい音って苦手で……昔近くに雷が落ちたことあって、それ以来ほんとに雷は無理で……かっこわるいよね」  声は震えていて、しょんぼりと垂れ下がる犬の耳が見えた。由宇は仕方ないな、と息をつく。 「別に。俺の前でかっこつけれてないのなんて、今さらだろ」 「す、好きぃ……! 俺、由宇のそういうところ、っていうか全部好き!」 「恥ずいから言うなって!」  こんなに怯えてかっこわるいのに、幻滅されていない。それだけで玲依の調子は再び上がりだす。キラキラと目を輝かせたが、再び雷が轟き、叫んで縮こまった。  見かねた由宇は、自分の布団を縮こまった背中にばさりとかけた。  もごもごと布団の隙間から芋虫みたいに顔を出した玲依は隣に座ってくれた由宇を見つめる。 「布団被ってればマシ? あ、ちゃんと朝に干したやつだから」 「由宇……っ 抱きついていい?」  潤んだ目でお願いされたが、抱きつかれたまま過ごすのは、どうにも恥ずかしい。由宇が首を横に振ると、玲依は項垂れた。 「抱きつくのはあれだけど……隣にいてやるから、止むまで頑張れ」 「うん、そばにいてくれるだけで安心するよ。ありがとう。すぅ……」 「だから吸うな!!」 「由宇とお日様の匂いが混じって相乗効果……すぅ……」 「レポすんな!」  つっこみながらも、玲依の声色から多少落ち着いたことがわかった。夕立だろうし、このまま早く通り過ぎてくれれば……と由宇が思ったところで、大きな音が鳴り響いた。 「わーーーっ!!また!!」 「うわっ!?」  ダメだと拒否されたのに、それどころじゃなかった玲依は夢中で由宇に抱きついて、そのまま床に押し倒す形になってしまった。  やってしまった、怒られる!と正気になった玲依が顔を上げる。突然のことに由宇は身体を固めて、頬を真っ赤に染めていた。玲依もつられて全身に熱がのぼる。見広げた大きな瞳と目を合わせる。  そのかわいい顔はすぐ近くで、今にもキスできそうで…… 「……」 「……」  少しにも長くにも感じられる沈黙。  見つめ合いながら、玲依の頭はフル回転していた。   (ごめんって謝らないと、ああ、真っ赤になってる由宇かわいすぎる!これっていわゆるラッキースケベでは!?雷は嫌いだけど、今だけ感謝していいかな!?いやっ、不謹慎か!てか至近距離やばい!もうすぐにでもチューできそうなんだけど、どさくさに紛れていける!?いやいや、由宇が嫌がることはしないって決めたし、我慢しないと!?)  ババリバリバリッ! ドダーーーーン!! 「うわーーーーーーっ!!」  ものすごくいい雰囲気になれたのに(玲依基準)、またもや雷の音で台無しだ。再び由宇にぎゅっと抱きついてしまった。 「音でかすぎ!なにあのゼク○ムの鳴き声みたいな音!?」 「ぶっ……はははっ!」  ひどい雨の音がする中、耳もとで由宇の笑い声が澄み渡って聞こえた。体を起こすと、由宇はお腹を抑えて笑っていた。 「なんだその例え! 確かにそれっぽかったけど!」  なんでもない自分のひとことに、けらけらと笑ってくれるのが嬉しかった。胸を撫で下ろしながら、玲依は座り直して布団を被った。 「ごめんね、抱きつくなって言われたのに……」  真っ直ぐに目を見られ、抱きつかれたことを思い出した由宇は、目を逸らしながら座り直した。 「……まあほら、あれだ。怖いんなら仕方ないだろ。誰だって苦手なもんくらいあるし、そんなに嫌ってわけでは……」  (……って、何言ってんだ俺!)  つい口走った言葉を訂正しようとしたが、遅かった。再び玲依が布団ごと、うわっと抱きついてきた。 「ちょ、抱きつくなって!」 「それは照れ隠しと受け取っていい? 俺、自惚れるよ?」 「自惚れんな!」  バタバタと抱きしめたり押し返したりをしているうちに、いつのまにか雷の気配はどこかへ消え、雨音だけが2人の耳に入る。 「雷……どっかいったみたいだな」 「だね。それじゃあ迷惑かけちゃったし、大人しく帰ります……布団ありがとう」  少ししょんぼりとしながら立ちあがろうとする玲依の服の裾を引っ張った。 「……まだ雨ひどいし、ゲームでもするか?」  玲依の顔は晴れやかな空のように輝いた。 「うんっ! やろう! 何する!?俺ちゃんとゲーム持ってきてるから!」 「持ってきてんのかよ!」  玲依はリュックからごそごそとゲーム機の入ったケースを取り出す。 「いつ何時、由宇とゲームできるかわからないからね。ゲームを口実に、少しでも長く一緒にいられたらって……」 「本音ダダ漏れてんぞ」 「あっ、ははは……」 【番外 天気は移ろう】 完

ともだちにシェアしよう!