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幼なじみの選択 プロローグ

 玲依と七星はまたも由宇のバイト中に押しかけ、四人がけのテーブルについた。店内は混み合うため、結局二人は同じ席に通される。  お昼どきから数時間経っているが、七星は昼ごはんを食べていなかったようでハンバーグドリアを注文した。  玲依はレポート用紙を目の前に広げた。その顰めっ面から玲依の苦手なあの課題なんだろう、と七星は察する。 「また生化学やってるんだ」 「そう。毎週出るから。しかも前回のも終わってない。こうしてだんだんと溜まっていく……」 「教えてあげよっか?」  予期せぬ提案に、玲依はシャーペンを取り落とした。 「音石が俺に!? 槍でも降る!?」 「気が向いたから」  頬杖をついて機嫌良く口角を上げる七星。その怪しい笑みを信じるほど玲依も単純ではない。 「今度は何企んでるんだ?」 「失礼だな。せっかく教えてやるって言ってんのに。バカ正直に受け取れよ」 「じゃあ……」 「由宇くんもだったけど、みんな俺の親切に驚きすぎじゃない? 俺だって人の心ぐらいあるんだけど」 「由宇"も"!? 何したの!?」 「なーいしょ♡」  あれから由宇は数学の課題でつまづく度に、七星に聞くようになっていた。好きな人に頼られるのは何とも言えない気持ちよさがある。少しずつ由宇の警戒心も揺らいできている気がしていた。  悔しそうにしている玲依を眺めて優越感に浸りながら、七星は話を続ける。 「敵相手に勉強教えてあげるという親切を身につけたら俺って最強じゃない? 由宇くんが俺に惚れちゃうの待ったなしだね。ああでも流石に、玲依くんほどのお人好しにはなれないかなぁ」 「まずその煽り癖を改めた方がいいと思うけど!?」  互いに文句を言いつつ課題に取り掛かろうとしたとき、テーブルに人影が落ちた。二人が同時に見上げると、そこには爽やかに笑う三谷が手をひらひらと振っていた。玲依は目を剥く。  少し前、由宇を攫って研究室に閉じ込め、女装をさせ襲おうとしたこの男は七星に懲らしめられ、深く反省をした。それ以降はちょくちょく由宇の前に現れて話をしたり、プレゼントと称して貢ぎ物を持ってきたり……推し活を存分に満喫していた。  由宇の心がプレゼントぐらいで傾くわけはないと思っていても、玲依は三谷にも嫉妬心を募らせていたのだった。 「やあ、こんにちは」 「三谷さん!?」 「出た」 「ななたん、隣に座ってもいいかな?♡」  と、言いながら三谷はいそいそとイスを引いて座った。七星はめんどくさそうにため息をつく。 「許可を出す前に座ってるじゃん」 「井ノ原くんが、混みそうだから君たちと同じ席に座ってくれって。喜んで了承したよ」 「ええと、何のご用ですか?」 「何って、もちろんティータイムだよ」  三谷は別のテーブルで注文を取っている由宇を見つめてニヤニヤと笑いだす。玲依と七星には変態ぶりがバレているため、外用の仮面が取れたようだ。 「尾瀬くんがここでバイトし始めた情報は入手していたけど、君たちに顔バレするわけにいかなかったから近づけなくてね。もうそんな心配ないし、これからはたくさん通わせてもらうよ。合法であくせく働く尾瀬くんを見ながら食事ができるなんて、なんて素晴らしいカフェなんだ。チップが弾むね」 「この人マジで思考がやばいけど、俺も同じ目的で来てるんだよな……俺ってこんな気持ち悪い発言してたんだ……人の振り見て我が振り直せってことか……」 「俺は忠告してあげてたけどね」 「忠告というか悪口だろ。で、三谷さんは何食べます? おすすめは俺のケーキですよ」  いつも通り自信満々で自分の考案したケーキを勧める玲依に、三谷は申し訳なさそうに首を振る。 「ごめんね、甘いもの苦手なんだ」 「またこのパターン!!」  七星はずっこける玲依をけらけらと笑った。 「音石だって、今日はケーキ注文しなかったし」 「今日は厨房のおにーさんがいるって聞いたから」  例の三谷の件で、七星は調理科の先輩たちに助けられた。中でも、良くも悪くも大雑把で七星に興味のない志倉は、気兼ねなく関われて話しやすい相手のようだ。 「志倉先輩の作った料理が食べたかったんだ? 懐いたね~」 「か、可愛い……尾瀬くんもだけど、ななたんもツンデレだよね、いやツンギレ……」 「っさいなぁ!!」  声を張り上げたと同時に、七星の頼んだハンバーグドリアが井ノ原によって運ばれてきた。 「はい、お待ちどうさま。お前らほんと仲良いなあ」 「よくない!」「よくないです!」 「ハモってるし」  ふん、と乱暴にスプーンを取った七星は目の前に置かれた美味しそうなハンバーグドリアを見つめた。けっこうわかりやすく目を輝かせていて、料理への期待が見て取れる。 「ななたん、ちゃんと冷まさないと火傷するよ。僕がふーふーしてあげる」 「きもい。そういうのは由宇くん以外要らないから」 「ツンなところが可愛い推せる……♡ 井ノ原くん、僕も注文いいかな」 「はい、お伺いしますね」  ブレンドコーヒーの注文をとり、厨房に向かおうとした井ノ原は足を止めて引き返してきた。聞き忘れたことを思い出したようだ。 「今日も名越は来ないのか?」

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