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苦悩と共に
玲依は首を捻る。
「俺にはわかりませんね。でも最近は邪魔される頻度が減ったような……」
「好都合じゃん」
「あの名越がお前らに尾瀬と過ごす時間を許すなんて、不思議だなと思って」
「ん、それもそうですけど……井ノ原先輩、俺の応援してくれてるのに、名越くんの心配ですか!?」
ムッと口を尖らす玲依を、井ノ原はなだめた。
「ちげーって。そりゃ応援してるけど、こう……お前らの関係を知れば知るほど、難しくなってくるというか。あれだけ尾瀬のこと心配してる名越が、尾瀬と距離取るようになってるのが気になるんだよ」
「井ノ原くんが言うことも頷ける。幼なじみの恋心が拗れるのは古代文明からの鉄則だからね。幼なじみと当て馬の関係性……これで論文が1つ書けそうだ」
「おにーさんは甘すぎ。全員が幸せになれるわけないだろ。由宇くんが選ぶのはひとりなんだから。翔太くんに変なこと吹きこまないでよ。拗れて爆発して、由宇くんが奪われたらどうすんの。あいつならやりかねない」
「それ音石が言う? いや、俺だって絶対負ける気はないもんね!」
そのとき、ドアが開いて店内のベルが鳴った。井ノ原は目線を移す。入店したのは翔太だった。近くにいた由宇が翔太に駆け寄って行く。少し話して、翔太はこちらのテーブルに向かってきた。結局同じ席に通されたようだ。
「噂をすればだな」
「どうも」
「じゃー俺は戻るよ。注文あれば呼んで」
翔太は井ノ原にぺこりと会釈をし、テーブルに座る敵を順番に睨みつける。
「お前ら、変なことしてないだろうな」
「どう見てもしてないよ。ほら、音石に勉強教えてもらうとこだし」
「これ食べるまでステイ、お座り」
「俺は犬か!」
玲依と七星がいるのは予想していたが、三谷までいるとは。翔太は今にも殴りかかりそうな目つきで睨みながら、空いている玲依の隣の席に乱暴に座る。
「……まだ由宇に用が?」
三谷は肩をすくめた。
「もうあの子を襲ったりしないから安心して。僕は合法で推しを眺めているだけだよ」
「……手ェ出したら、次はありませんから」
バチバチと火花が飛び交う中、玲依は七星にこそりと話しかける。
「名越くん、いつもより機嫌悪い?」
「いっつもこうでしょ」
「なんかこう……冗談のひとつも許されない感じというか」
「それもいつも通りじゃん。つまんない男だもんね。殴るか睨むしかできないんだから」
「もうちょっと笑えばいいのにね」
「お前ら、聞こえてないとでも思ってんのか……!?」
「君たち、けっこう怖いもの知らずだよね」
*
「翔太、カフェ来るの久々だったな?」
由宇のバイト終わりを待ち、一緒の帰り道。由宇は隣に歩く翔太の顔を何気なく覗き込んだ。
「最近忙しくてな」
「そっか。じゃあ仕方ない。あ、そういえば、カフェの新メニューがすげえ美味くてさあ、今度来た時食べてみてよ。ホットサンドなんだけど、中に卵とエビが入ってて!」
「いいな。楽しみだ」
由宇は本当に楽しそうに笑う。見ているだけで翔太自身も笑顔になる。由宇が離れていくまでは、今だけは、自分の隣で楽しそうに話す由宇を独り占めしていたい。
話しながらだと、家に着くのはあっという間だ。翔太は自分の家に曲がる道をスルーし、数分歩いた先の由宇の家まで送っていくことにした。
別れる予定の道で別れず、当たり前のように隣を歩く翔太に、由宇は少しむくれて見上げた。
「悪いから送らなくていいって言ってんのに」
自分のために時間を使う翔太に、由宇は申し訳なさを感じている。そうじゃなくて。
少しでも長く一緒にいたいから。
……って言えたら、言える関係なら……
翔太は自分の欲を飲み込んだ。
「体動かしたいんだよ」
「動かすってめっちゃちょっとの距離じゃん!」
「ちょっとなんだから、気にしなくていいってこと」
返す言葉が見つからず、由宇は口を尖らせた。分かりやすい態度に、自然と笑ってしまう。
そう話しているうちに、由宇の家に着いてしまった。
「でもありがとな。じゃ、また明日」
「また明日」
柔らかい笑顔を浮かべながら手を振る由宇が家の中に消えていく。また明日、がある。明日も由宇の側にいられる。
ーーそれが無くなってしまうのは、いつだろう。
重い気持ちで夜ごはんを食べ、お風呂に入った翔太は自室のベッドに寝転び、目を閉じた。思い浮かべるのはいつも由宇のことだ。
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