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醜い独占欲
「名越くん……これ、尾瀬由宇くんに渡してほしいんだけど」
「は?由宇に……? というかお前誰だ」
「後からきっとわかるよ」
あの日、挑戦的に笑う髙月から由宇宛の手紙を預かった。わざわざ俺に渡すということは、宣戦布告のつもりか。
馬鹿だな。俺にそんなことをしても意味がない。どうせ由宇にフラれて終わりだ。
予想通り、由宇は髙月からの告白を断った。
それで終わるはずだったのに、あいつはそんなことではめげなかった。由宇に迷惑がられても、俺が立ちはだかっても、諦めない。
そしてあいつは由宇の心を動かした。
しばらく見てきたが、髙月は悪いやつではない。少なくとも今まで由宇に近づいてきたやつよりは。発言は馬鹿っぽくて変態だが、心が真っ直ぐだ。由宇が欲しい言葉を与えられる。自分との違いを思い知らされる、惨めになる。
実際、最近の由宇は楽しそうで、バイトも順調で、変わろうと頑張っている。よかったな、と応援する気持ちもあるのに、由宇が自分から遠ざかっていく感覚が強くなる。俺じゃ駄目だった。俺は由宇を救おうとしなかった。自分の位置を守りたかった。
嫌だ。由宇の隣が奪われてしまう。
由宇の幸せになれるのなら、応援すると決めていたのに、いざその時が来たら、認めたくないなんて。こんなの悪あがきだ。それでも醜い独占欲はどんどん膨らんでいく。
あいつらのものになるぐらいなら、どこか遠いところに連れ去って閉じこめてしまえば……それで、無理矢理にでも……
ベッドに由宇を組み伏せる。俺の腕の中で「なんで」と悲しそうに泣き叫ぶ。
その姿が浮かんで、ハッとする。
何度も思い、何度もダメだと繰り返し自分を律した。そんなことをすれば、俺のことを信じて頼りにしてくれている由宇を傷つける。音石や三谷と同じになってしまう。
駄目なのに……由宇を愛することをやめられない……
*
翔太はいつの間にか寝落ちていて、目が覚めたのは8時だった。ここのところ毎日、夢見は最悪だった。寝ても覚めてもずっと悩み、疲弊していた。
今日の講義は2限目からのため、余裕がある。リビングに降りると父はもう仕事に行っており、専業主婦の母・香織は洗い物をしていた。翔太の足音に顔を上げ、にこりと笑った。
「おはよう、翔太。ごはんできてるわよ」
「おはよう……」
テーブルには目玉焼きとサラダが用意してあり、翔太は食パンをトースターに入れた。焼ける間にインスタントのコーヒーを淹れる。
チン、と小気味いい音がし、パン皿に置いてコーヒーとともにテーブルに置く。
「最近、由宇くんはどうしてるの?」
「ん"っ"」
考えていたことをエスパーのように言われ、飲もうとしたコーヒーをいくらか吹き出した。ゲホゲホと咽せる翔太に、香織は「あら」と一瞬手を止めたが、何事もなかったように余った食材を冷凍保存する準備をし始めた。
「なっ、なんで、んなこと……」
「だって、最近由宇くんも宇多くんもうちに来てくれないんだもの。昔は毎日のように遊んでたのにね」
「なかなか時間合わないんだよ。由宇、最近バイト始めたし」
「へえ! どこでどこで?」
「大学内のカフェ」
「いいわねぇ。カフェで働くなんて憧れるわ。由宇くんは楽しそうにしてる?」
翔太は大口で入れたパンを飲み込み、無意識に声を落とした。
「……うん」
「翔太は全然嬉しそうじゃないわね。寂しいんでしょ?」
「……いいんだよ。もう、子どもじゃないし」
またもバッチリ言い当てられ、母親には敵わないと思い知らされる。
子どもじゃないんだから、嫌がっていないで由宇から離れられるように、努力しないといけないのに。
「あ、そうだ。今日、翔太の分もお弁当作ったの。持っていって」
「ああ」
大学は時間が不規則のため、昼は学食で食べるようになった。それでも具材が余った時や、香織の気分でたまにお弁当が用意される。ありがたいことだ。
朝ごはんを食べ終え、皿をキッチンに持っていくと、同じものが詰められたお弁当が2個あった。なんで2個?父さんが忘れたのか?と無言で首を捻ると、香織が笑った。
「こっちは由宇くんの分! たまにはいいでしょ。私、由宇くんに料理を褒めてもらうのが好きだから。一緒に食べて、感想を聞いてきて」
「ああ……ありがと」
翔太が口数少なく、思っていることを全て言わないのは香織がいちばんよく分かっていた。由宇との時間を過ごせるようにと、母親の気遣いが、身に染みた。
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