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ぶつかる心

「名越くん、話がある」 「俺はない」  昼休憩で混み合う食堂。ちょうど昼食を食べ終わった翔太はおぼんを持って席を立つ。玲依を無視してスタスタと歩いていく。苛立ちを感じさせる背中に向かって、玲依は叫んだ。 「喧嘩したんだろ!」  玲依の声に、周りからも視線が集まる。  翔太は足を止め、ゆっくり振り返って玲依を睨みつけた。 「……由宇から聞いたのか」 「教えてくれなかった。けど、2人の様子見てたら分かる」 「なら、お前らには好都合だろ。今のうちに由宇に近づけばいいんだから」 「音石はそうしてるよ。慰めて取り入るみたいだし『一生喧嘩してろ、バーカ』って言ってた」 「チッ……」 「でも俺はそれじゃ納得いかない。俺は笑顔の由宇がいちばん好きだ。名越くんだって、そうでしょ。だから仲直りしてもらわないと」  張り詰める2人の雰囲気に、周りはザワザワと遠巻きに見ている。ただでさえ人目を集める玲依だ。翔太は再び舌打ちをした。 「場所変えるぞ」 「あ、うん!」  話を聞いてくれる気になったんだ。  玲依は少しだけ進歩を感じながら、足早に歩いていく翔太の後を追った。 「で、喧嘩の原因は?」  人目につかない校舎の裏手のベンチに座る。玲依は翔太を覗き込むが、一切視線は合わない。 「どうしてお前に話さないといけないんだ」 「ここまで来ておいて、その態度? 話す雰囲気じゃん」 「さっきも言っただろ。お前らにとっては都合がいいはずだ。原因なんてどうでもいいだろ。放っておけよ」 「だーかーら、名越くんはこのままでいいかもしれないけど、それじゃ由宇は笑顔になれない! 仲直りできるように協力するから! 由宇、あれから落ち込んでため息ばっかりなんだよ。由宇にあんな顔させて……それでも由宇のこと好きなの!?」 (俺は自分のことばかり考えているのに、こいつは由宇のためなら、敵だって助ける。それが俺とこいつとの決定的な違いだ。こいつがもっと嫌なやつだったら……こんなに惨めにならなくて済んだ!)  翔太は唇を噛み締めて、玲依の胸ぐらを掴んだ。 「分かった風に言うな!好きに決まってるだろ!勘違いされたままで、いいわけあるか! ……っ、ずっと、由宇の隣は俺だったのに……お前のせいだ。お前が現れてから由宇は変わった!」 「それは俺のせいじゃなくて、由宇が変わりたいって思ってるからだろ! 俺は頑張ってる由宇を応援したい! 名越くんだって、そうじゃないの!?」  即答できなかった。痛いところを突かれた。こんなの八つ当たりでしかないと、翔太自身も気づいていた。玲依との差がさらに開いていく。 「はっ……お前はいいよな。菓子を作って由宇に近づいて、ヘラヘラ笑って楽しそうに話して……俺は黙って見ているだけなのに、お前は……!」 「黙って見てるだけしかできないなら、さっさと由宇を諦めればいいだろ。なのに邪魔ばっかりしてきて……告白する気がないのに由宇の隣を譲る気はないなんて、矛盾してんだよ!」  怒りの矛先を向けられ怒鳴られても、思いきり胸ぐらを掴まれても、玲依は怯まなかった。  敵わない。  翔太は力なく、玲依を離した。 「……お前に何が分かる」翔太は頭を抱えこむ。低く、鬱蒼とした声だった。 「分かんないよ。簡単に分かるなんて言える立場じゃない」 「……」 「俺は名越くんに比べたら、由宇と出会ったのは最近だ。幼なじみで、ずっと由宇の隣にいた時間を心底羨ましいって思うよ。俺には手に入れられないから。でもこれからの時間は俺も譲る気はない。心から楽しそうに笑う、由宇の隣で過ごしていきたい。だから、由宇のために仲直りしてほしい」  玲依がキラキラと輝いて見えた。それと対照的に、翔太の気持ちは暗く沈んでいく。  喧嘩をした時の、怒って傷ついて泣きそうな由宇の顔が脳裏に焼き付いて、離れない。 「……仲直りなんて、無理だ」 「無理?」 「幻滅された。もう元には戻れない」 「由宇、落ち込んで、すごく悩んでるよ。悩むのは仲直りしたいからじゃないかな」  何も返せなかった。この揺らいだ心では、玲依と真正面から対峙しても敵わない。これ以上は、自分の愚かさをさらに思い知ることになる。翔太は立ち上がった。 「ちょ、待って! まだ……」 「お前のそういうところが嫌いだ」  振り返ってそう吐き捨て、大股で歩き出した。 「嫌われてることぐらい知ってるよ! それでも、仲直りしてもらうの、諦めないから!」  去っていく背中に向けて、玲依は懸命に叫んだ。 *  今日の由宇のシフトは昼時の3時間ほどだった。次の講義に行くためロッカールームで着替えていると、ノック音のあと、扉が開いた。ニコニコと笑う七星がぴょこんと顔を覗かせる。 「ゆーうくん♡」 「お前なあ……関係者以外立ち入り禁止だぞ」 「おにーさんが通してくれたよ」  いいぞ!と即答する井ノ原の姿が浮かび、由宇はため息をつく。今はあまり人と話したくないのに……  七星はちょこちょこと近寄ってくる。いつでも逃げれるように、由宇はリュックを握った。 「浮かない顔だね。俺が慰めてあげる♡」 「……いらない」 「遠慮しないで、ほらほらぁ♡」  七星は由宇に抱きつき、頭をよしよしと撫でた。由宇は俯き、無言で首を横に振る。いつもなら照れて騒いで引き剥がされるのに、何か物足りなく感じた。 「……むむ……こうして由宇くんに触れてるだけで嬉しいけど、どうもいつものツンな反応がないと、なんかなあ……」 「じゃあもういいだろ、離せよ」  言葉通り由宇から離れた七星は、腕を組んで壁にもたれかかった。 「……はぁ、協力するのは腹が立つけど……」  七星は面白くなさそうに眉を寄せながら、強い視線で由宇を見た。 「話、聞いてあげる」 「……別に、話すことなんか」 「翔太くんと仲直りしたいんでしょ?」  七星はズバリと物を言う。玲依と違い、切り込んでくる。緑の瞳の輝きに射抜かれているような気がして、由宇はたじろいだ。 「う……」 「由宇くんが話さなくても、バレバレだからね。何か嫌なことでも言われた?」 「……違くはないけど、でも、俺もカッとなって言いすぎた……絶対嫌われた。いや、もともと嫌われてたのかもしれないけど……仲直りなんてできるかどうか……壊れた関係は戻らないだろ」 「そう思うのは、親御さんが離婚してるから?」 「……っ!」  一気に虚を突かれて由宇は顔を青ざめさせたが、すぐに顔色を戻した。心臓はバクバクと鳴っているが、平静を装う。 「なんで知ってるんだ、そのこと」 「小学校のとき。まあ俺がどこで知ったかなんて今は置いておいて。あんたらの関係は、そういう結婚みたいな形式ばったもんじゃないでしょ。口喧嘩で終わるような仲だったら、俺はこんなに苦労してないよ」  七星はニヤリと笑って、軽く小突くように由宇にデコピンした。 「由宇くんが諦めないなら、まだ大丈夫」 「そうかなぁ……」 「そうだよ。俺には分かる」 (あの独占欲丸出しのボディーガードが由宇くんのこと嫌いになるわけないもん。それは言ってやらないけど) 「……お前に励まされるなんて、思ってもみなかった」 「俺もそう思う。はあ、なにやってんだろ。こうやって敵に塩……じゃなくて親身に相談のってあげる俺、優しくてかっこいいよねぇ。好きになってくれた?♡」 「ならない。……でもまあ」  まだ元気はないが、それでも由宇は笑った。 「最近は七星のこと、嫌いではなくなったかな」 「……! 由宇くんっ……大好きーー!!♡♡♡」

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