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玲依と七星の作戦会議

 翔太との話し合い……いや、怒鳴り合いを終え、玲依の頭の中では翔太の言葉や由宇の顔が浮かんでは消える。どうやって仲直りをさせようかと思い悩んだ。  ただ考えるだけではどうにも頭がパンクしそうになった玲依は、手を動かすことにした。夕暮れが差し込む調理室にひとり残り、手ぐせのままにシフォンケーキを焼き終わった。それでも考えはまとまらず、今はトッピング用の生クリームを泡立てているところだ。  手早くかき混ぜながら、グルグルと回るボウルの中を見つめていると、調理室のドアが開いた。 「いい匂いだね」 「音石……」  七星は入り口近くのパイプイスを持ってきて、玲依の使う調理台の正面に腰を下ろした。焼きたてでふんわり大きく膨らんだ紅茶シフォンをじっと見つめながら、 「翔太くん、なんて言ってた?」  と、何気ないことのように聞く。玲依は小さくかぶりを振った。 「全然話してもらえなかった。胸ぐら掴まれて口喧嘩した」 「げえ、あの翔太くんと? よくやるよ」 「でもちょっとだけ言ってた。勘違いされたままでいいわけあるか、幻滅された、もう元には戻れない……って」  指を折って、翔太の言ってたことを思い出す。  七星は鼻で笑い、シフォンケーキをもぎって頬張った。 「食べるんかい!」 「俺のために焼いてたんでしょ?」 「違うけど……いいよ。気晴らしに手を動かしたかっただけで、誰かにあげる予定なかったし」  泡立て終わった生クリームが入ったボウルに大きめのスプーンをさして、七星の前に置く。甘いものがあまり好きではない七星は、疑いの目で生クリームをとり、シフォンケーキの上にのせて口に入れる。すると、それが美味しかったのだろう。緑に輝く目をさらに光らせて、生クリームをたっぷりのせて次々と頬張った。 「ふむ、なかなかの味。褒めてあげよう」  玲依はやれやれと息をついて、そんな七星をじっと見つめた。 「……結局気になってるんだろ」 「翔太くんのことは超~~どうでもいいし、ダッサ、ざまあみろバーカって思うけど、落ち込んでる由宇くんよりはいつもの由宇くんがいい」 「なんだ。音石だって俺とおんなじじゃん」 「は? 何が」  顔を顰める七星に、玲依は晴れやかに笑った。 「由宇の笑顔がいちばん好きってこと!」 「……まあ、そういうことにしといてあげる」  つーんと顔を逸らしながら、シフォンケーキをもぐもぐと咀嚼している。心なしか顔が赤い。真っ直ぐに自分の考えを当てられることに弱いらしい。 「じゃあ、由宇と名越くんを仲直りさせるの、協力してくれる?」 「……はぁ、すっごい癪だけど。仕方ない。口が甘いからコーヒー淹れて」 「ここはカフェじゃないんだぞ……まあいいけど」  ワガママな要望だったが、ちょうど玲依も一息いれたいところだった。玲依は壁際にある、ミルなしの手軽なコーヒーメーカーのスイッチを入れ、手際よくコーヒーを淹れた。  七星はあっという間に目の前に出されたブラックコーヒーを満足気にすすり、 「俺は由宇くんから話聞いてきたよ」  と、話を切り出す。  食い気味に「はあ!?」と玲依の声が響いた。  1キロ袋に入ったグラニュー糖を調整しながら少しずつ自分のコーヒーに入れていたのに、驚きで手を止めた結果、大量に注がれてしまった。 「由宇、話してくれたの!? 俺はダメだったのに!?」 「カマかけただけ。玲依くんとは攻め方が違うから」 「はぁ……なんだ、そゆことか」  由宇が自ら言ったわけではなく一安心だが、やはり複雑だ。ひとまず気持ちを落ち着けるため、口に入れたコーヒーは激甘だった。「あまぁ!?」っと咳き込む玲依を一瞥し、七星は話し始める。 「"俺もカッとなって言いすぎた……絶対嫌われた。いや、もともと嫌われてたのかもしれないけど"だって。元に戻れるか不安だけど、仲直りはしたいみたいだよ」 「ふんふん……どっちも仲直りしたいのに、元通りになれるか分からないし嫌われたって心配してるのか……うーん? 結局原因は何だ?」  首を傾げる玲依に、そんなことも分からないのかとため息をつく。 「やれやれ、お馬鹿な玲依くんに分かるように説明してあげよう」 「逆に分かる方が意味分かんないけど……」  七星だからこそ、この少ない情報で見抜くことができている。指を立てて名探偵のように話し始めた。 「推測するに、翔太くんが自分の気持ち……由宇くんが好きだってことを半端に知られる出来事が起きた。誰かと話してるところを部分的に聞いたとか。由宇くんはそれを勘違いした。でも翔太くんは本当のことを話せない。正直に話す=告白になるから。で、何も知らない由宇くんは勘違いしたまま怒って言いすぎた……ってとこかな」  玲依は、おお、と手を合わせる。 「すごい、繋がった。いつもずる賢いだけあるね!」 「ほんっと、俺のことなんだと思ってんの!? 失礼にも程がある!」  喧嘩の原因は掴めた。ぷんぷんと抗議する七星をよそに、腕を組んだ玲依は頭を巡らせる。 「うーん……それなら由宇の誤解をとかないとだけど、そうすると……」 「翔太くんが、由宇くんに告白することになる」 「そう、問題はそれだよね。今までも名越くんには散々邪魔されてきたけど、名越くんの恋心を知らないから、由宇は名越くんを意識しなかったわけで……」  玲依は言葉の続きに困り、再び頭を悩ませる。  再び頬張ったシフォンケーキを飲み込んだ七星が口を開く。 「俺は最初、翔太くんの気持ちを由宇くんにバラすつもりだった。そしたらギクシャクして仲が壊れるかなって思ったんだけど、逆に仲が深まる可能性もあると見て、やめた。それが原因で自滅するとは滑稽だね」 「音石もそう思うんだ。告白して、由宇が名越くんのことを好きになったら……」 「ふん、自信がないならさっさと諦めろよ。俺は絶対負けない。何があっても奪い取ってやるから」  恋敵を睨む緑の瞳は玲依に向けられていた。玲依はドンと胸を叩く。 「自信、あるよ。俺だって絶対負けない! 由宇と付き合うのは俺だ!」 「俺だっつの。ま、そんだけ断言できるなら、仲直りさせるでいいでしょ」  頷き、気合いを新たに玲依はグッと拳を握る。 「うん、頑張ろう!」 「ま、仕組んだところで、告白しない可能性もある。あいつは告白する気は1ミリもない。一生、それこそ墓場まで隠し通すつもりだった。こんなことにならなければ」 「こんなことになったから……」 「ヤケになって告白するかもね。でも逆に、隠し通したまま仲直りしてくれたら、俺らにとっては願ったり叶ったりだよ。そこは賭けるしかないね。で、作戦はあるの?」  沈黙の後、玲依は困り顔で首を傾ける。 「……それが、全然思いつかなくて」 「はぁ~~?? よくそれで頑張ろうとか言えたね。俺は自分と由宇くん以外にこの出来の良い頭を使うつもりはないからね」 「いちいち煽ってくるなぁ!」 「こういうのは先に考えてから言うもんだろ。ほんと考え無しの馬鹿。作戦のダメ出しぐらいならしてあげるから、さっさと考えろ。モタモタしてたら俺の気が変わるからね」  ねちねちとした煽りを吹き飛ばすように、玲依は「分かってるよ!!」と大きな声を張り上げた……

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