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縁結び神社

 次の日の早朝。  七星は縁結び神社へ足を運んでいた。そこは七星のアパートからほど近い場所にあり、七星は一人暮らしを始めてから毎日のようにお参りに行っていた。もちろん由宇との縁を祈願するためだ。神を信仰しているわけではないが、神にでも縋る思いなのだ。  すると、いつもは見ない掲示板に視線が吸い寄せられた。 「お祭り……」  そこには次の日曜に開催される縁結び祭りのポスターが貼ってあった。 (由宇くんと行けたらなあ……いや、行けたらなあ、じゃない。癖で願望にしてた。由宇くんは近くにいるんだから、誘えるんだ。断られても無理やり連れて行けばいい! 由宇くん、お祭り好きそうだし!) 「お兄さん、おはようございます」  その声に振り向くと、神社の神主であるおじいさんが立っていた。 「あ、神主さん。おはようございます」  七星が笑顔でぺこりと礼をすると、神主も合わせて会釈をした。その姿勢には年齢を感じさせない品があった。  約1年間、縁結び神社に通い詰めた七星は、すっかり神主と顔見知りになっていた。由宇に再会した後はご機嫌で「好きな人にようやく再会できたんです!」と報告までしていた。神主も「よかったですね」と自分のことのように顔を綻ばせてくれた。 「お祭り、今年は来られますか?」  そういえば去年もあったか。その頃は由宇と再会する前だったため、祭りなんて行く気分ではなかった。幸せそうにしている他人を見るのが嫌だった。そんな理由で七星は去年断ったのだった。 「縁結び祭りって、どんなことするんですか?」 「縁日のようなものです。屋台が並び、舞を奉納し、祈願をし……お祭り用の特別なお守りや絵馬もございます。きっと楽しんでもらえると思いますよ」 「へぇ……それなら、好きな人誘ってみよっかなぁ」 「ええ、ぜひ」  ゆったりとした会話を続けていると、 「あっ、いた! おじーちゃーん!」  はつらつとした女の子の声が境内に響き、土を蹴る音がだんだんと近づいて来る。 「……って! 音石くん!?!?」  その女の子は、七星を認識した途端、響き渡る声で驚いた。神主は「はて」と首を傾げる。 「知り合いなのか? 花乃」 「そう、同じ大学で……で、どうして音石くんがここに?」 (おじいちゃん、ってことは神主さんの孫か。一方的に覚えられてるだけ? 俺ってば有名人だしね。でもこの言い方は会ったことあるって感じだ。誰だったっけなあ……)  自分を見て目を丸くしている女の子の顔をじっと見ながら、七星は記憶を辿る。やがて「あぁ」と手を叩いた。 「そうだ。カフェで玲依くんの妹ちゃんと一緒にいたおねーさんだ」  七星の言葉に正解とばかりに、うん!と頷いたのは芽依の友達である白宮花乃だ。朝だというのに、今日もメイクと服がバッチリ決まっている。 「そういえば自己紹介はしてなかったね。私は服飾学部二年生の白宮花乃。音石くん、もしかして参拝?」 「日課だからね。そういえばこの神社、白宮神社って名前だったか」 「え、そんなに通ってくれてるの?」 「お兄さんは毎日来てくれるよ。この間話さなかったか? ほら、好きな人に会えたって報告してくれた金髪の綺麗な男の子がいるって」 「おじいちゃんが嬉しそうに話してた、その人って音石くんだったの!? あっ、そっか……だからどこかで見覚えがあったのね……きっといつか、ちらっと見かけたんだ」  花乃は七星に会った時、どこか既視感を感じていた。その理由がやっと分かってスッキリした。 「おねーさんはここに住んでるの?」 「あの、音石くんとは同い年だし、おねーさんって呼ばれるのはちょっと……」 「うーん、じゃあお花ちゃん」  すぐに切り替えてニヤリと笑う七星に、花乃は微妙な表情で返す。 「なんだか馬鹿にされているような……おねーさんよりいいか。ここに住んでるわけじゃないけど、けっこう近くよ。今日はおじいちゃんに用があって……そう!おじいちゃん!」  本題を思い出した花乃は神主に向き直る。せわしないな……と七星はため息をつく。 「お祭りの準備、人がどうしても集まらなくて……」 「それは残念だね。来れる人だけでなんとかなればいいが、1人1人の負担が増えてしまうなあ……」  肩を落とした花乃はハッとして、七星を見る。他人事だと流し聞きしていた七星は「もしかして」と花乃の言葉を予想した。 「音石くん、ここで会うのも何かの縁だし、」 「めんどくさい」 「食い気味。しかもあからさまに嫌そう」  それでも諦めず、花乃はパン!と手を合わせた。 「お祭りの準備、手伝ってくれない?」 「よく俺に頼もうと思ったね。他人のために労働なんて、この俺がするわけないでしょ」  即答した七星だったが、視線を感じ、言葉を止めて神主をちらりと見た。 「本当に申し訳ないのですが、手伝ってくれるととても助かります。老いぼれにはなかなか準備が大変でして……」 「うっ……」  神主は残念そうに眉を下げる。その姿に、七星の爪の先ほどしかない良心が痛んだ。この神社と神主にはお世話になっている。お参りの甲斐あって、由宇と再会できたんだろうと少なからず思っている。その恩に報いるべきではないか……?  少し考え、七星はひとつの答えを出した。  恩を返せて、自分も楽ができ、そして由宇のことも…… 「神主さん、お花ちゃん。準備って何人連れてきてもいいよね?」

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