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お願い事
屋台のテントをたてる合間に、玲依は拝殿に顔を出し、由宇に手を振った。だが、今の目的は由宇にベタベタしながら準備をする七星だ。なんだかいいところばかり持っていっている金髪の悪魔に、どうしても文句を言ってやりたかった。
七星を引っ張って拝殿の外に連れ出す。
「なに?邪魔しないでよ、玲依くん」
「俺、名越くんを連れてくるのめっっっちゃ苦労したんだからね!? いくら説得しても聞く耳持たずで! 名越くんのお母さんが手伝ってらっしゃいって名越くんの背中を物理的に押してくれなければどうなってたか! しかも俺の作業は機嫌の悪い名越くんと一緒で、音石は由宇と一緒にきゃっきゃきゃっきゃ作業しててさあ……こっちから微妙に見えるんだよ、羨ましいの!」
玲依の長ーい訴えを、七星はつんと聞き流し、嘲笑う。
「それはご苦労。作戦考えつかなくて寝不足になってたダッサい誰かさんの代わりに考えてあげたんだから感謝してよね」
「言い方はムカつくけどありがとうございます!」
言いたいことをひと通り言えたので、多少スッキリした。玲依はひと呼吸入れ、落ち着いた。
「で、由宇の方はどんな感じ?」
「んー、最初は気まずそうにしてたけど、仲直りしたいってちゃんと言ったし、言えそうな雰囲気になればいけるでしょ」
「よかった、安心した。由宇が嫌がってたら作戦の意味ないし。あとは名越くんがどうするか……」
*
玲依と七星が話している間も、翔太は屋台をたてる手を止めていなかった。何かをしていないと、また泥のような考えに沈んでしまう。由宇も悩んでいたが、翔太もそれ以上に毎日悩み考え、身も心も疲弊していた。
「兄ちゃん、よく動いてくれて助かるよ! 力持ちだな!」
「いえ、俺にはこれくらいしかできませんから」
(まさか、由宇もいるなんてな……仲直りしろって言ってた、髙月の差し金なんだろう。余計な世話を……)
同じ場所にいることは気まずい。裏切った罪悪感で胸が締め付けられる。由宇に避けられている事実を目の当たりにしたことも苦しい。しかし、部屋にひとりで籠っていても同じ状況になるだろう。無理矢理誘われたが、体を動かせてよかったかもしれない、と少しだけ玲依には借りを作った気になった。
滲んだ汗を拭う。すると、神主が外で作業している人数分、ペットボトルのお茶を持ってきてくれた。翔太にも1本手渡してくれる。
「お兄さん、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
神主は微笑んだ。
「何かお悩み事がありますか?」
「あ……えと」
返答に迷った。潰されそうなほど重い悩みがあるが、今日会ったばかりの人に口を割るわけにはいかなかった。でも、吐き出して楽になりたい気持ちもあり、それが迷いに繋がった。
「無理に話さなくてもいいですよ。でもあまり思い詰めないで。話したい時に話したい人に、伝えられることができればいいですね」
「すみません……」
話が途切れたタイミングで、翔太は少し気になっていたことを口にした。
「あの、縁結び神社って……やっぱり恋愛のことが多いんですか」
「そうですね。数は多いですが、それだけではありません。縁とは繋がりのことです。恋愛、友情……人同士だけではなく、自分の幸運や一攫千金を願う方もいらっしゃいます」
「……言い方は悪いですが、身勝手な願いというか……自分本位なものを叶えてくれるんですか?」
まるで自分に言い聞かせていた。
神を信じている訳ではないが、神に縋る気持ちは分かる。今だって、時を戻せるならば戻してくれと神に頼みたい。戻って、由宇に話を聞かれないようにすれば。いや、由宇があいつらに出会う前に想いを伝えられたら。
しかしそんなことは神の力でも無理だし、ありえない。
過去は変えられない。この先の未来だって、決まりきっている。
「自分本位だとしても、願いを叶えるのは自分です。叶えようとする努力と、強い意志……その姿を神様は見ておられます。その力が未来へ幸運をもたらすのだと私は思います」
「未来に……」
「少し待っていてください」
そう言った神主は、拝殿の隣にある社務所へ姿を消した。少しして戻ってきた神主は、翔太にある物を手渡した。
「……これは」
「明日のお祭りで奉納する絵馬です。あなたの願いを書いてみてください。良いことが起こるよう、私も願いを込めます」
縁結び神社らしく、ハート型の絵馬に赤い糸が描かれている。翔太は唇を噛み締めた。
「……お気遣いありがとうございます。でも、書けません。俺には強い意志なんてないし、そんなものを願える資格もないんです」
絵馬を返そうとした手を止められる。
「願うのは、いつでも構いません。お祭りの後でもいいです。心を落ち着けて、本当に願いたいことが決まったら、書きにいらしてください」
神主の言葉はそれでも落ち着いていた。これ以上押し返すのは、好意を無駄にしてしまう。
「じゃあ……お言葉に甘えて……そうします」
神主にペコリと礼をしてその場を後にする。社務所の片隅に置いている自分のリュックに絵馬を押し込んだ。
(髙月なら、由宇の幸せを願うのか……? 俺だって、初めは由宇を守りたくて、ずっと笑顔でいてほしいと思っていたのに……自分の願いなんて、そんなもの、いつの間にか分からなくなったな……)
翔太の鬱屈とした想いと共に、絵馬はリュックの奥底に沈んでいった……
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