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翔太の選択
聞き馴染んだ声に呼ばれ、顔をあげる。
目の前に翔太がいた。全身びしょ濡れだ。
「無事でよかった……」
ぐっしょり濡れた翔太が一生懸命に俺を抱きしめる感覚が、夢でも幻覚でもないことを知らせる。
「……え、なんで、ここが……」
「勘だ」
「勘……」
「ごめん、お前まで濡れるな」
「いや……うん」
翔太は俺を離して、隣に座った。小さい神社だけど、肩を並べると屋根に2人入れるくらいだ。
「濡れたままだと、風邪ひくぞ」
「そうだな」
翔太は上半身の服を脱いで絞った。濡らした雑巾かってぐらい水が出ている。
「……」
「……」
無言。気まずい。早く謝らないと、そんで話さないと。今がすげえチャンスなのに! 決心したのに、いざ2人きりになると何から話せばいいのか……!
「ごめん」
翔太の声に顔を上げる。久しぶりにしっかりと目を合わせた。
「喧嘩してるのに、迎えに来て。気まずいよな」
「そりゃ気まずいわ……」
「雨降ってきて、部屋戻ったら由宇が帰ってこないって聞いて、何も考えずに飛び出した。傘借りてくるのも忘れたし。でも濡れてなくてよかった」
もういいなんて、あんな酷いこと言ったのに、まだ心配してくれるのか。雨の中びしょ濡れで、そんな息切れるまで走って俺を探して……
「そっちが先に謝るなよ……! 謝るのは俺の方だ。またお前に迷惑かけて……」
「迷惑なんか思ってない。いつもそう言ってるだろ」
翔太は笑っていた。たぶん無理矢理。俺を不安にさせないように。
俺は翔太を信じられなくて、疑って、傷つけた。なんであんなこと言っちゃったんだろ。俺最低だ。こんなことになるなら、聞かなかったフリしてやり過ごしておけばよかったのに。いつもならそうしたはずなのに。
あの時そうしなかったのは……
ふと、俺のことを心配してくれた玲依の言葉を思い出した。
『俺、由宇にそんな顔してほしくない。笑っていてほしいよ。由宇が抱えていること、俺も一緒に持つから……悩んでるなら話して』
そっか、俺は翔太の悩んでる理由を知りたかったんだ。相談に乗りたかったんだ。俺のことで悩んでるなら尚更。
玲依は俺が落ち込んでいても、無理に理由を聞きはしなかった。待っていてくれた。なのに俺は、翔太が何も言わないからって一方的に怒った。
翔太の気持ちに向き合う勇気がなくて、突き放したのは自分の方だ。
俺の方こそ言わないと、自分の気持ち……!
「翔太、ごめん! 悩んでる理由、無理に聞こうとして。もういい、なんて言って……ひどいこと言って本当にごめん!」
下げた頭をあげると、翔太は驚いて目を丸くしていた。
「翔太が悩んでるなら、相談に乗りたかったんだ。俺のせいで翔太に我慢させてるのが嫌だった。いつも面倒見てくれるのに、俺は何も返せてないから力になりたかった。あん時はテンパって、うまく言えなくて……翔太の気持ち全然考えてなかった……誰だって言いたくないことあるし、翔太が自分のこと言いたくないなら言わなくていいからっ……」
声が震える。感情的になりすぎて、涙まで出そうだ。
「こんな形で翔太との関係壊したくない……! わがまま言ってるのはわかってる、けど、こんなダメな俺でも、これからも友達でいてほしい……!」
「由宇……」
「俺のこと、もう嫌いになったかもしれないけど……俺はっ、翔太と……」
涙がぽろぽろと頰を伝って、続きを言えなくなった。我慢してた分、一度溢れてしまったら歯止めがきかない。服の袖で拭おうとした涙は、翔太の指先に拭われた。
「もう二度とこんな顔させないって思ってたのに……何やってんだろうな」
「う、え……泣くなって……?」
「俺が泣かせたんだよな……ごめん」
「翔太は、悪くねえって言ってんだろ……」
「いや、今お前をいちばん傷つけてるのは俺だって、今さら分かった。ごめん、俺こそ由宇の気持ちを分かってやれてなかった」
翔太は何度も謝る。
まだ溢れる涙を拭われ、大きな両手でそっと頬を包まれた。
「由宇は……俺の気持ち聞きたい?」
コクリと頷くと、翔太は困ったように笑った。
「後悔しないか?」
「しない。翔太が、俺のことで我慢してるの、嫌なんだ。翔太が言ってもいいなら、言ってほしい。覚悟はできてる」
「そっか……なら、俺も覚悟をきめる」
たとえ悪口でも、悪いところは直すから。
「じゃあ、目閉じて」
何で目を閉じるのか、疑問は浮かばなかった。言葉通り目を閉じる。
「ごめん。俺はもう由宇の友達でいられない」
ああ……そんなに嫌われてたのか。これは殴られるな、と歯を食いしばったのに。
……唇に、柔らかい感触がした。
ついばむように一瞬で離れた後を追うように、目を開ける。翔太の熱を帯びた瞳に貫かれた。
「これが俺の気持ち」
「え……と……?」
「好きだ、由宇」
え……
「お前のことが、ずっと前から好きだ」
は!?
「はあーーーーーー~~~~ッ!?!?!?」
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