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隣にいさせて

「待て! しょう、たっ……あっ!?」 「っ!」  必死で掴んで、バランスを崩した。しかも足をついたところは雨でぬかるんでて、ずるんと滑った。痛みを覚悟してギュッと目をつむる。  ……痛くない。  目を開けると、翔太がギリギリのところで受け止めてくれていた。 「っとに……危なっかしいな……」 「あ、ありがと……」  そのまま荷物みたいに抱えられ、元いた階段にちょこんと座らされる。 「じゃ」 「いや、待てって言ってんだろ!!」  もう一度腕を掴む。今度は滑らなかった。振り返った翔太は困った顔でため息をついた。 「頼むから引き止めるなよ……俺はもう、お前の隣にいる資格なんて……」 「資格とかいらねぇよ! 何勝手にお別れモードになってんだよ、バカ!!」  翔太は目を見開く。 「玲依はすげえと思う。俺だってあいつと自分比べて嫌になることある。けど、翔太は翔太でいいんだよ! 俺はお前と仲直りしたかったのに、話し終わってさようなら、とかやめろ! 俺はお前にどっか行けとか嫌いだとか、んな事言ってねぇだろ! 想像で俺の気持ち決めんな!!」  全力で言い切り、息を切らす。翔太は、おそるおそる口を開いた。 「由宇、俺のこと、嫌にならないのか? こんな、ずるいことばっかり考えてたのに……」 「そんなことより、お前とこれで最後になる方が嫌だ」  口を引き結んで睨むと、翔太はまたため息をつきながら、元いた位置に座り直した。ひとまず思いとどまってくれたようだ。俺も隣に座り直す。翔太は少し縮こまりながら、おそるおそる口を開いた。 「……これからも、お前の隣にいてもいいのか?」 「そんな確認いらねーよ。翔太と今まで過ごした時間を無しにできるわけないだろ」 「本当に?」 「信じろよ。……でも、翔太のこと、そういう風に考えたことなくて……その、お前の気持ちには応えられないかもしれなくて、逆に傷付けるかもしれない。俺こそハッキリしなくてごめん。翔太がそれでもいいなら……うわっ!?」  ぎゅっと強く、抱きしめられた。 「悔いはないとか、ごめん、嘘」 「だろーな。そんな苦しそうな顔で言われたらこっちが困るわ」 「まだ答えは出さなくていい。答えが出るまでは、由宇の隣にいさせてくれ……」 「う、うん」 「一緒にいることを選ばせてくれて、ありがとう……」  か細く耳もとで聞こえたその声は、不安が晴れていくような、安心を滲ませていた。それほど怖かったのに、俺のために言ってくれたんだ。 「こっちこそ、正直に言ってくれてありがとな」  広い背中をバシバシと叩く。言われたことは予想外だったけど、仲直りはできた。元の関係とは少し変わったものの、お互いに言いたいことぶつけて、スッキリと……  ……ベロリ、と首筋を舐められた。 「っひあ!?」  反射的に翔太を引き剥がして、首を覆う。 「な、舐め、舐め……!?」 「ごめん、舐めたくて」 「舐めたくて、じゃねーよ! いきなりやめろ!」 「……嬉しくて我慢できなかった。もっと舐めていいか?」 「だめ!!!!!!!!」  でかい声で怒ると、翔太は笑った。久しぶりに見る、心からの翔太の笑顔だった。 「ははっ……ほんとに、拒否されなくてよかった」 「む……そりゃびっくりしたけど……俺、なんもいいところないのに、そんなに想ってくれてたのは、ありがたいというか……あと、ずっと前っていつから?」 「いつから、とかハッキリしてない」 「えっ」  翔太は雨の続く濁った空を晴れやかな顔で見上げた。 「自覚したのは中学の頃かな。由宇が女子から告白された時に、由宇を取られたくないって感情を知った。きっと好きになったのはもっと前……初めて会った時からそうだったんだと思う」 「初めてって……幼稚園とかじゃん」 「だな、20年前だ」 「俺ら今年20だろーが! サバ読むな!」  翔太はクスクスと楽しそうに笑う。 「やっぱり由宇がいないと、やっていけないな。喧嘩して、由宇不足になってたから、すげー元気出た」 「それはよかった……」  その言い方は微妙に反応に困る。それが伝わったのか、翔太はまた笑って話を戻す。 「幼稚園の時から俺は愛想なかっただろ。幼稚園でひとりで遊んでた時に由宇が明るい笑顔で話しかけてくれた。それがすごく嬉しかったのを覚えてる」 「そ、そう、なんだ……そんなこともあったような……?」  俺が覚えてないことばっかり、翔太は覚えている。思えばそういうことが何度もあった。それだけ俺との思い出を大事にしてくれてるんだ。  向けられる熱い視線にトクトクと心臓が鳴った。  すると雨音が消え、晴れ間が差し込んだ。 「あ、雨……」 「あがったな。残念。もう少し二人きりでいたかったけど」  ぐいっと顔を近づけられて、翔太の口を手で塞いだ。 「キスだめ!距離感バグってるって!みんなのとこ戻るぞ!」 「はは、そうだな」  先に立ち上がった翔太から、手が差し伸べられる。その手を取って立ちあがってもまだ、ぎゅっと握られたままだ。 「……って、離せよ!」 「ちょっとくらい、いいだろ。やっと伝えたんだから、これで遠慮なく手を繋げる」 「人前ではやめてくれよ……?」 「人前じゃなかったらいいって?」 「そういう問題じゃない!」  翔太はめちゃくちゃ嬉しそうで、握られた手を離すに離せなかった。こんなに分かりやすく顔を綻ばせる翔太は貴重だ。 「あ、そういやさっきしたお願い、もう叶っちゃったな」 「お願い?」 「この上に大きい神社があったんだよ。翔太と仲直りするために頑張りますって、お願いしてきた」 「……それはお願いか?」 「お願い……というか宣言? 気合い?」  翔太はぽかんと口を開けたあと、吹き出した。 「ははっ……そういうのでいいのか」 「え、なんで笑うんだよ! 俺ほんとに必死だったのに!」 「ごめんって。由宇を笑ったんじゃなくて、すげえ深刻に悩んでたのが馬鹿みたいで、自分に笑った」 「は?」 「由宇のおかげで俺の願い、決まったよ」  憑き物が取れたように笑う。 「ほんとにお前のこと好きだわ」 「そ、そうですか……」 「うん。これでやっと、あいつらと同じラインに立てた」 「あいつらと、同じライン……!?」 「俺のこと、これからは恋愛対象として考えてくれるんだよな?」  まさか……!  翔太は握った俺の手を持ち上げ、手の甲にキスを落とした。 「もう遠慮しない。本気でいくから覚悟して」 「ま、まじかっ……!?」  俺の生活は、さらに波乱になりそうだ……

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