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第6話

「リリ、どうしよう。すっごく、ハチが可愛いくない? うちのワンコ、名犬過ぎない? 渋谷のハチとかに軽く勝ったよね? 完全にうちのワンコの大勝利じゃない?」 「知らんて。でも、まあ、いじらしいな」 「ねー。そんな理由で私の事、彼処で待ってたの? そんな事ってある? あり得なくない?」 「……何のマウントだよ。ウザいな」 「メイディリアよりも賢く可愛いだろ?」 「うちのバター犬馬鹿にしてんのか? うちのは経理も出来て、イメコスプレにも余裕で応えられる名犬だぞ? そして、可愛い。本当、お前の子供とは思えんぐらい可愛いわ」  リリは溜息ついでに、ハチの目から手を顔を覗き込む。 「弱ってはないと思うが、もう少し、私の生気を分けてやるか……」  しっかりと、ハチは眠りには落ちようだ。  その様子を、ヘムがじっと見つめてくる。 「ん? 何だ。そんなに見て」 「ねぇ、リリ。それ、私の血じゃ駄目?」 「……は? 何だ? ハチに分け与える話か? いや、駄目だろ。何の為にここに私がいるとでも?」 「だって。私も、ハチのために何かしたい」 「……は?」  何言ってんだ? 此奴。  リリは信じられないものを見る目でヘムを見る。  この傍若無人な王が?  たかが犬の為に何かしたい?  何を言っているか、リリにはすぐに理解できないぐらいの事を言っているのだ。 「何だよ」 「いや、目眩が……。お前、本当に怪我ないのか? 何か頭でもぶつけたか?」 「そんなヘマした様に見えんの? リリも隣で全員ぶち殺したの見てたでしょ?」 「……そうなんだが……、正直に言えば、私はお前の気持ち悪い発言を理解できていない」 「理解すら!?」 「だって……、いや。お前、本当にヘムか? あのヘムロックか?」 「ヘムロックだよ。お前と千年ぐらい前から顔馴染みのヘムロックだよ」 「……やっぱり理解できないから、聞かなかった事にする。そして、お前の血はいらん」 「だって、ハチは私のためにこんなにも命をすり減らして待っててくれだんだよ? 私のために。いじらしいし、凄く可愛いよ。さっきの話聞いたでしょ? もう、ジーンと来ちゃうじゃん。こんなの初めてだよ。飼い主として何かしてやりたいじゃん?」 「うぜぇー。本当に、ただただうぜぇー。滅茶苦茶うぜぇー」 「この気持ちわかんないかなー? リリ。お前、犬飼うの向いてないよ」 「お前に言われたくない」  これ以上の会話は非生産的だと切り捨て、リリはヘムを無視すると、布団を捲り服がはだけたハチの腹の上に手を置く。 「……ハチのお腹、細いよね」 「あ? そうか? 日本人の子供なんてこんなもんだろ?」 「拾ってきた時は、肋見えてた。手も、骨みたいだったよ」 「碌なもんを食わせてもらえなかっただけだろ? 彼、事情がありそうだったからね」 「は? 何でリリが知ってんの?」 「お前が買い出しに行っている間に少し話したんだ。詳しくは聞いてないけど、過去は思い出したくないそうだよ」 「ふーん……」 「何だよ。その反応」 「別に? ハチって、私の事何も聞かないんだよね」 「お前が煙に撒くからだろ? 年齢ぐらい教えてやれよ」 「でも、それぐらいしか聞いてこないし。だから、私もハチの事何も聞かなかったんだよ。過去なんて犬には関係ないしさ。でも、今は少し、知りたいかも」  ここぞとばかりに欲が出る。 「聞いてやれば?」 「……聞いたら、聞かれるだろ? 私の事」  ヘムが優しくハチの額を撫ぜる。 「さっき迄は、別に教えてもいいなって思ってたけど、今は嫌だ。はなしたくない」  はなしたくない?  それはどちらの意味でだと、リリは顔を顰めた。 「……おいおいおい。天下のヘムロック様が随分と弱腰だな」 「だって、ハチは私の事をこんなにも心配してくれてたんだ。本当の事って、必要? ハチがそう思ってれば良くない? このまま私の事を本当にマフィアだと思ってくれてた方が、ハチはこのままで居てくれるわけでしょ? どうせ、嘘を本当にするつもりだし、元々マフィアみたいな事してるし、だったら、そっちの方がいいよ」 「自分の嘘を正しくないから、聞かないで欲しい。だから、ハチ君の過去は聞かないと?」 「うん。それは絶対嫌だよね。無理だよね」  ヘムが体を起こして目を輝かせ、リリを見る。  この男は……。リリは最早理解する事を捨て、白い目で彼を見た。 「リリ、ハチから名前とか聞いて全部調べてよ」 「お前、本当にクソだな」 「いいじゃん。ハチ気に入ったんでしょ? ま、私の犬だけどね? あげないけどね?」 「うぜぇー。欲しいとも言ってねぇー。全てがクソー」 「犬友じゃん。分かった。交換条件で行こう。父たる私がメイディリアの事、教えてあげるよ?」 「は? 私はメリの尻の穴の皺の数まで知り尽くしてんだぞ? お前よりも詳しいわ。私はハチ君の事を絶対に調べないし、聞かない。興味があるなら自分でしろ」 「ケチ」 「ケチだから二度と私に頼るなよ?」 「ケチロリコンババア」  ババア?  は? そもそも同じぐらいから存在してるのに?  てか、ロリコンって何だ?  メリの事を言いたいのか? は? 立派な成人男性だぞ? メリは。歳の差はすごいが。  私がロリコンならお前はぺド野郎だろうが。  リリは色々と言いたい言葉を飲み込み、顔を振る。 「……お前にはハチ君の事、何一つ教えない」 「何でだよ! いじめか!?」 「絶対教えん。もう、決めた。絶対に、絶対、教えんっ!」 「突然マジギレじゃん」  仕方がないだろ。  多少の事とは言え、彼女の中では明らかに歳の差は気にする事にあったのだから。  こればかりは何人たりとも許されない。 「熱、引いたな」 「ん。熱、引いたね」 「ずっと手握ってた私のお陰かな!?」 「かなー? ありがとう、お兄さん」 「いや、そいつは邪魔してただけだからハチ君は感謝の言葉を言わなくていい」  そう言って、リリさんは俺の顔を自分に向ける。  リリさん、めっちゃカッコいいけどドライだな。  しかし、こんなにも寝れるなんて、やっぱり本調子じゃなかったのかも。起きたら滅茶苦茶元気になってたし、熱も完全に下がってる。  俺、結構体丈夫なんだな。初めて知ったし。 「ん? リリー、電話なってるー」 「誰から?」 「メリだって」 「メリ? そうか……。悪いが少し私は席を外すよ。熱が下がったからと言って、暴れない様にな」 「そんな事しないよ!?」 「私がいるじゃん」 「それが最悪なんだよ。安静にしてろよ?」 「わかったー。いってらっしゃーい」 「ん」  リリさんはそう言って部屋を出る。 「お兄さん、メリって誰?」 「ん? ああ、メリね。メイディリアの事ね。リリの飼い犬」 「リリさんも人型の犬を飼ってらっしゃる……?」  え? カップル揃ってイカれてらっしゃるの……?  怖っ。  そんな人間この世に二人いるの!? 「ま、そうだね。うさぎになったり、犬になったり、メルディリアも大変そうだよね」 「うさぎさんにもなんの!? うさぎさんって何すんの!?」  いや、犬も十分何すんの? って感じだけど。 「そりゃ、……大きい人参食べさせられたりするかな。多分、無理矢理」 「……それ、癒される? 何が楽しいの?」 「ハチが大人になれば分かる日がくるよ。ま、私は一ミリも楽しさ分かんないけど」 「どっちだよ」  分かんないのかよ。  この人、嘘つかないけど適当な事多くない?  大人としてどうなん? いや、マフィアなんてそんなもんなんか? 知らんけど。 「ヘム、悪いが用事を頼まれてくれるか?」  リリさんが電話片手に部屋に入ってくると、お兄さんに声を掛ける。 「私? 良いけど、何?」 「メリから荷物の受け渡し要求があった。悪いが店まで行って貰ってきてくれよ」 「ん。いいよ。今すぐ?」 「ああ。店の場所分かるか?」 「前行った事あるから大丈夫でしょ。わかんなかったらメルディリア物理的に呼び出す」 「普通に呼び出してやれ」 「やだね。ハチ、悪いけどお留守番お願いね?」 「わんっ!」 「お、えらいなー。上手くワン言えて」  よしよしとお兄さんが頭を撫ぜる。 「じゃ、いってきまーす」 「いってらー。気を付けてねー」  お兄さんが手を振って扉の向こうに消えていく。  ああ、本当に。  本当に気を付けて、ね!? マジで!  何で普通に出て行くん!?  あんな事があった後に、こんなに普段通りにそんな事できちゃう!?  こっち、結構トラウマになりそうなんですがっ!? いや、もうなってるけどね!?  餓死で死に掛けるって結構ヤバいからね!? 怖いとかしゃなくて、絶望感凄いからね!? マジで蛇口撚れんぐらい消耗してる時のペットボトルのキャップすら開けられん時の絶望凄いからね!?  まあ、お兄さんに取ったら取るに足らない犬ですけど。  買い替え効くしな……。 「いや、私もいるんだけど?」 「え?」 「寂しいって顔してたから。ヘムが出掛けるの寂しい?」 「いや、別に?」  え? 寂しいは流石にないけど、そんなに俺、顔に出てた?  「そう。それよりも、ハチ君。この部屋なんもなくない?」 「え? ないよ」 「気狂わん?」 「正直、お兄さんが帰ってこない時何回か狂いかけたかも。でも、完全には人って狂えんね」 「狂うのも才能だからね」 「俺、才能なかったかー」 「はは。面白い事言うね。少し関係ない話だけど、私、君が寝てる間に彼奴に酷い事をされてね。未だに少々腹が立っているんだ」 「ん? 何されたん?」 「子供は知らんで良いよ」  え? それってさ……。  お、大人の話しか!? 絶対エロい話じゃん! 俺が寝てる横で何やってんだよ、お兄さんっ! 「リ、リリさん、傷ついちゃった? 大丈夫?」 「うん。滅茶苦茶傷ついた。もう、彼奴のありとあらゆるもの全てをぶち壊して絶望する顔見たくなるぐらい傷付いた」  メソメソと泣き真似するけど、殺意高いな。 「リリさん、よしよし」 「ハチ君は彼奴と違って優しな。良い子だね。なので、私は彼奴の大切なものを今からぶち壊しまーす」 「え?」  バタンとリリさんにベッドに押し倒される。  え?  あれ?  えっ!? 「今から君に……」  お、大人の階段登っちゃう奴だー! これ!  リリさんのふっくらした唇が近付く。  はわぁぁぁ。  これがファーストキッスなら良かったのに! 「彼奴のクソみたいな話を聞かせます」 「……え?」  何それ。 「ふふ。彼奴、君の前では良い飼い主ぶりたいみたいだからね。その幻想、全て完膚なきまでにぶち壊す」 「……あー。うん。そうね……」  都合いい事考えちゃったね。俺。  まだ、俺は清いままで生きて行くようです。はい。 「彼奴の事、知りたくない?」 「んー。それは、ちょっと知りたいけど、知っていいのか俺には分かんないかな?」 「そこまでの決定権の譲渡は感心しないぞ?」 「いや、譲渡って言うか……。お兄さんの事、知りたいよ? 俺、昨日まで名前すら知らんかったし。正直、お兄さんから聞くお兄さん自身の話よりリリさんから教えてもらったお兄さんの話の方が多いし。名前どころか何処の国の人かとかも、知らんかったし。でもさ、それ知ってどうすんのかなって思う。ここに来た時は、此処が何処だか知りたかったけど、今は別に何処でもいいかなって思うし、それと一緒でお兄さんの事知って、どうすんのかなって自分で思うわけよ。あ、勿論、お兄さんが話したいなら聞くよ? 俺犬だしね。けど、聞いて欲しくない事は聞いても俺は迷うよ」 「何で? 知りたいって言ったじゃないか」 「うん。知りたいけど。知っていい事が分かんないじゃん。もし、俺がそれを知ってるってお兄さんが知ったらさ」 「……君から離れるって?」  リリさんが面白そうに笑う。  離れる? 「え? 何で?」  俺はキョトンと首を傾げる。  それだけで? 「違うのかい?」 「うん。可哀想じゃんって言いたかっただけ」 「ブフッ!」 「リリさん、また吹き出してるけど大丈夫!?」 「いや、本当突然爆弾降らせる子だなって思って……。可哀想ねぇ。よく、そんな発想になるね。何処が可哀想なの? 至って自分本位の幸せの中にいる男じゃないか。ハチ君を犬として飼ってるぐらいに」 「そう? でも、人間知られたくない事の一つや二つあるっしょ? 知られちゃうとさ、気にしちゃうじゃん。あ、こいつ知ってんのかって」 「君も?」 「俺?」  俺も? 「いや、俺は無いけど? けど、俺にいいカッコしたいならお兄さんにはあるっしょ? 知らんけど」 「……君と話していると、毒気が抜かれるなぁ。はぁ、もう良いよ。意地悪はやめてあげよう」 「本気で意地悪だったん!?」 「勿論。でも、気が変わったからね。心優しき君の未来に貢献する事に時間を割こうじゃないか。君、料理した事ある?」 「え? 無いよ? あ、でも掃除とかはあるけど?」 「ま、普通の高校生男子なんてそんなもんだよな。よし、お姉さんが料理を教えてやろう」 「え? 突然だね。別にいいけど。ご飯の用意手伝えばいい?」 「ああ。これから生きて行くのに必要なスキルが君はまだ足りていない。それを教えてあげようと思ってね」 「あ、それ知ってる。慈善事業って奴だ!」 「おや、難しい言葉を知ってるね」 「うん。お兄さんが一番最初に俺殺そうとした時に言ってた言葉だらね。覚えた」 「ブフッ! ……君、面白すぎるね……」  リリさん、めっちゃ美人なのに吹き出すと鼻水少し出るの、残念だな。  そう思いながら、そっと俺はタオルを渡すのであった。

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