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第7話

「……何やってんの?」 「あ、お兄さん。お帰りー」 「ただいま、だけど……」 「見てわからんのか? 料理だよ、料理。ハチ君に料理を教えてやってたんだ」 「リリさんが、味噌汁作ろって。俺も手伝ったんだよ?」 「全然話わからんけど、マジかー。うちの名犬、えらいじゃん」 「だっしょー!?」  味噌汁作るだけでこんなに怒られる!? って程、怒られたけども。  初めて包丁握る犬にそんな罵倒あるって程、されたけども。  リリさん、意外にもスパルタなんだな。 「おい、ヘム。この部屋に机ないのか?」 「いや、あると思う方がどうかしてない? 何言ってんの?」 「普段ハチ君は何処でご飯食べてるんだ?」 「流し台の所」 「……」  と言う事で。 「……流しで三人立って味噌汁食うって、どんな状態なん……?」 「あははは。めっちゃ笑えんね! 立ち食い味噌汁っ!」 「文句があるなら机ぐらい買えよ」  三人揃って味噌汁を食べる。  別に机は要らないけど、皆んなで食べるってのがいいよな。  リリさんが皿買ってきてって頼んでくれてよかった! 「あ、美味しい」  お兄さんが、声を出す。 「でしょ? リリさんの味噌汁美味しいでしょ?」 「いや、ハチが頑張ってくれたから美味しいんだよ」 「一生やってろ」  リリさんは呆れた声を出すが、実は俺も満更ではない。  少し役に立った感あるよな。  ほら、いつも犬として求められてたじゃん? けど、たまには人間としての承認欲求も欲しくなるんだって。  倒れてからは迷惑しかかけてないし。  本当に犬ならいるだけで可愛いとは思うけど、俺はそうじゃないし。 「ハチ、いいお嫁さんになるよ」 「お兄さん、俺雄だから」 「じゃあ、いいお婿さんだね。お嫁さんは幸せだ」 「お嫁さんねぇ……」  そんな人が俺の人生で現れてくれるんだろうか? 「ハチ、彼女いんの?」 「いや、居たらこんな所で犬やってなくない? めっちゃ頑張って逃げるって」 「居なくても普通は逃げるだろ」 「彼女居たら一緒に飼ってあげてもいいなって思ったのに。繁殖とかは困るけど」 「おらんし、発想がマジヤバい」 「ヤバい奴だから友達もいないんたよ。ヘムは」 「いますぅー」 「本当にいんの?」 「私は見た事ないな」 「リリに見せないだけだよ。リリに紹介したらアレだろ? その女、マジで節操ないからね。ハチも気をつけて」 「え? リリさん俺の事食わんって言ってたよ?」 「童貞は死ぬからな。女食い尽くしたらおいで。最後に食ってあげようじゃないか」 「じゃあ、一生こないかなぁ」  彼女ねぇ。  普通に生きてたら出来んのかな?  ま、俺の夢には彼女って言うか、恋愛も結婚もないけど。 「リリさん高級娼婦なんだよね?」 「うん? 突然だね。興味あるかい?」 「ハチも男の子だからねぇ」 「いや、高級娼婦って映画とかドラマとかで見てるとさ、ご飯とか作れなさそうな人が多いけど、リリさん何でもできるじゃん? 我慢放題で嫌な人が多いのに、リリさん我儘とか言わないし、俺の看病凄くしてくれるし、めっちゃお兄さんよりも大人だし、えらいなって思って」 「……え?」 「味噌汁作ってた時も、厳しかったけど俺が怪我しないように怒ってくれてたし、やっぱりドラマや映画って作りもんなんだね。全然リリさん違うしさ。リリさん、高級娼婦って言うよりも凄くかっこよくて優しいお母さんみたいだもんね。俺、リリさんみたいなお母さんだったらよかったのに」 「……ヘム」 「何?」 「私、産んだな? ハチ君を」 「産んでねぇよ。落ち着けよ」 「いや、お母さんって……。こんなにいい意味でお母さんって、あり得るか? 私の産道通った奴しか言わんだろ? 産んだわ。ハチ君、産んだわ。ハチ君はうちの子だ」 「ハチはうちの子なんですけど?」 「ハチ君、もう此奴と駄目だと思ったら何時でも私の所においで。お母さんが面倒見てやるからな。死ぬまでだ」 「いや、怖いって。リリ、目がガチなのやめなよ。ただでさえ威圧感凄いのに」 「お兄さんの事、割とダメな大人だと思うけど大丈夫だよ」 「ハチ、君はもっと私の事ちゃんと見て!?」 「見てる見てる。見てて、ダメな大人だと思うけどさ、俺結構お兄さんの事好きだから。だから、今一緒に飯食えて嬉しいよ?」  次産まれてくるなら、人がよりも犬も悪くないとは思うぐらいには。 「本当はさ、一人で飯食うのちょっと寂しかったんだよね。お兄さんいるのに、俺一人みたいな。ま、誰かと飯とか余り食べた事ないけどね。テレビとかで楽しそに食べる飯って憧れてたからかな。いつか一緒に食べられたなぁって思ってた。で、今食べてるじゃん? お兄さん、そう言う俺の願い事叶えてくれるから好きなんよ」 「……私が産んだかもしれん」 「お前に産道はないだろ」 「え、滅茶苦茶ハチいい子じゃん。そんな事気にしてたの? いつでも言って? 大丈夫だよ。もうハチを気分で殺す気ないと思うし」 「……ありがと」  にこっと、俺はお兄さんに笑いかける。  いや、うん。 「ははは。愛想笑いで濁されたな。信用ないね。お前」 「リリさんっ!?」 「え? 信じてないの? なんで? 飼い主私でしょ? どう言う事なの? ビンタする?」 「お兄さんのそう言う所じゃないかな!?」  無理だろ。  お兄さんの事はある程度信用してるけど、命の保証はあんまないでしょ!? 「ご馳走様でした」 「ご馳走様でした! あ。リリさん、洗い物終わったら俺風呂入りたいんだけど大丈夫かな?」 「熱もないし、いいよ。でも、一人で大丈夫? 溺れないか? 一緒に入ろうか?」 「いや、どんだけ俺子供なん……? 大丈夫だよ」 「じゃ、お兄さんと入る?」 「だから、大丈夫だってば」  この中では一番年下だけどさ。  二人とも心配の方向性が絶対おかしいし。 「それなら、洗い物はヘムがやるから入っておいて」 「え!? 私!? 何で!?」 「食ったんだから、それぐらいしろ」 「えー、俺がするよ? 俺、洗い物ぐらいなら怒られるずに出来たし」 「君は沢山具材切って仕事したからいいよ。ほら、行っておいで」  そう言うと、リリさんは俺を担いでユニットバスに押し込める。  リリさん、力持ちすぎん……?  俺、持ち上がるんだ。 「ゆっくり入っておいで」 「マジで洗い物、私がするの!?」 「しろよ。私は仕事がある。ちゃんと洗えよ。洗い残しがあったら本気でデコピンするからな」 「びっくりするぐらい理不尽!」  自分も結構理不尽なビンタする癖にな。  お兄さん、本当そう言う所がダメなんだってば。  仕方がない。早く出て、お手伝いしようかな。  俺は服を脱ぐと軽くシャワーで体を流しで浴槽に入ってお湯を出す。  リリさんが体拭いてくれてたらしいけど、俺寝てたしな。  何か、すごく申し訳なさしかない。  それにしても、痩せた痕もないし、本当に俺どれぐらい飯を食ってなかったんだろ?  なんか心なしか、最後に風呂入った時より太ってね?  流石に気のせいか?  でも、死にかけてたって二人とも言うし……。いや、そんな事ないよね? 大袈裟に言ってるだけ? いや、でも、最後マジでペットボトルの蓋も、起き上がる事さえ無理だったし。  刺された傷も、未だに探せられてない。傷口って、そんなに簡単に塞ぐものなのか?  それとも……。  刺した奴が滅茶苦茶上手かったり? 無駄な能力ー。板前にでもなれよ。  何か、釈然としない。  時計がないし、窓もない。日付感覚なんて遠の昔にバグってる。今日が何日の何時かも、俺にはわからん。  途中までは、犬だし、此処を出るまでは犬として生きてくしかないし、別にいいかと思ってたけど……。流石にヤバいんじゃないの?  でもさ。  俺としては時計よりも今日みたいにお兄さんと飯が食いたいな。  一人で食べるより。 「犬としてはどっちも不正解なんだろうなぁ……」  溜まったお湯に体を沈める。  犬も気楽じゃないんだよ。 「あれ? お兄さん一人? リリさんは?」  風呂から出てこれば、お兄さんは一人でリリさんの姿はない。 「仕事の電話しに外ー」 「ふーん? お兄さん、泡すごいけど洗剤付けすぎじゃね?」 「え? こんなもんじゃないの?」 「やり過ぎやり過ぎ。貸してよ」 「ふーん。ハチは慣れてるの?」 「俺? うーん。俺もそんなにやってきた方じゃないよ。でも、テレビとかで見てたから。CMとかさ。洗剤のCMあるじゃん? なんとなくは分かる、かも?」 「自信ないじゃん?」 「まーね。でも、お兄さんよりはちょっと出来ると思ってんよ? 明日から、お兄さんにもご飯作るから一緒に食おうよ?」  どうだ?  何でも良いって言いって言ったよね?  殺されねぇよな?  てか、ビンタ? ビンタ来たらなぁ。嫌なのもあるけど……。 「え? 嫌だよ?」 「……へ?」  ビンタも殺されもしない。  ただ、そこには簡潔な拒否のみ。 「気分が乗ったらご飯食べてあげてもいいけど、明日からってのは嫌だし、ハチの手作りじゃなくてもいいじゃん?」 「うわ、酷っ。俺の料理の腕を信用してなさ過ぎじゃね?」  マジか。  マジかよ。  こんな拒絶の仕方、ありなん? 「いやいやー。今日の味噌汁美味しかったよ?」  じゃあ、何で?  何で、嫌なん? 「だったらまた食ってよ?」 「気分のったらね?」 「そう言って、絶対食わん奴じゃん? じゃあ、いつ乗るの?」  やべ。  次言われる言葉、わかってんのに口が止まらねぇ。 「えー。そうだな……。次にリリが来た時ぐらいかな?」  お兄さんはニコッて笑う。  だから、俺も笑う。 「そっかー! 次も皆んなで飯食おうな! 楽しみにしてるっ!」  それって、俺と二人では飯食えないって事でしょ?  犬として、本当に不正解じゃん。 「あと二日ぐらいは居るつもりだけど? ま、もう大丈夫だと思うけど、君の飼い主心配性だったみたいでね。部下にもそう動いて貰ってる」 「あー。メリさん?」 「彼奴から聞いたの?」 「うん。リリさんの犬って」 「あっははは。間違ってはない。私の可愛いワンコさ」 「日本人?」 「いや、確かドイツ。金髪だぞ?」 「へー。多国籍ね」 「まあ、国籍なんて有ってないようなもんだしな。で、ヘムの所のワンコは何をそんなに落ち込んでるんだい?」  リリさんが俺の頭を撫ぜる。 「俺? 別に落ち込んでないけど?」 「そう? こんな商売をやっているからね、人の機微には敏感なのさ。自分でも気付いてないけど、落ち込むことでもあったんじゃない?」 「あったかな? 何もないけど?」 「そ? それよりも、邪魔ならそれを床に転がしても良いんだよ?」  俺の隣で眠るお兄さんを指さしながら、リリさんが笑う。  いや、笑ってない。  真顔だこれ。 「いや、ここお兄さんのベッドだし……。リリさん使うなら俺退くよ?」 「私は寝ないから大丈夫だよ」 「眠くならん?」 「んー。ならないね。人よりも睡眠を必要としない体質なんだ」 「ショートスリーパーって奴?」  テレビでそんな人がやってたな。 「そうそう。物知りだね、ハチは」 「テレビ好きだったからね。と言うか、テレビしか娯楽なかったんだよ。俺」 「ゲームとかは?」 「一回もやった事ないかな。友達も居なかったし。隣の部屋の兄弟もテレビしか観てなかったし」 「おや、兄弟がいるのかい?」 「うん。七人。俺、五番目」 「兄弟多いね」 「そうね。あんま、見たことないけど」  声を知ってるのも、二、三人しかいないし。  姿見えるのも、年に数回あるかないかぐらいだし。 「それは寂しいね」 「リリさんには? 兄弟いた?」 「いや、私は……。いや、居たな。三人姉妹の真ん中だよ。でも、両親の関係で産まれてすぐに離れ離れさ」  離婚かな?  そう言うこともあるのか。 「リリさんも寂しかった?」 「そうでもないよ。今、生きてるのか死んでいるかすら知らないし。分からない人達のことを勘定に入れて生きる程、今も昔も余裕のある生活は送ってないからね」 「大人ー」 「大人さ。でも、それはハチ君。君もじゃないか?」 「いや、俺は子供でしょ? 家から出て来たけど、全然生きていける気がしねぇもん。そこはお兄さんに拾われてちょっとラッキーだったよね」  何にも知らない十五のガキが万札三枚握りしめて出て来るには頼りなさ過ぎた。 「いや、そこは不幸で間違いない」 「凄く否定するね。けど、お兄さんに助けてもらってなかったら死んでたよ? 俺。お兄さんに拾って貰う前に、ボコボコに殴られたり刺されたりしてたもん」 「何でそんな事を?」 「成り行き……かな? 女の人がさ、服切られてたんだよね。それ、見てさ。あ、これは助ける奴だって思って、テレビでは皆んな助けてたし、それが当たり前だと思って間に入ったら、めっちゃボコられた。喧嘩とかした事ないし、女の人も気付いたらおらんしで、やられたい放題だったけど」  でも、何か女の人を庇った時は胸が熱くなった。  あ、俺、普通の人間っぽいって。  いや、普通の人間なんだよ。  お兄さんみたいにマフィアとかじゃないし。普通のガキが粋がってボコられてただけなんだけとさ。 「で、多分その三人お兄さんが殺しちゃったと思うんだよね……」  見てないし、記憶もないけど。 「お兄さんが助けてくれんかったら死んでたからさ、ある意味お兄さんは俺の命の恩人じゃん?」 「でも、其奴は君の事も殺そうとしたんだろ?」 「あー。まー、そうですね」  そうなんだけどさ。 「それでも、助かったからには恩人だよ。有難うって思うし」 「心広いな。少しぐらい其奴に分けてやれよ」 「あ、違う違う。俺全然心広くないよ? ただ、諦めてるだけ」  許すって何だ。  許さないって何だ。  そんな二極が、何になる?  許したらどうなる?  許さなかったらどうなってくれる?  変わらないじゃん。何一つ。許しても許さなくても、何一つ変わらない。 「俺、正直いつ捨てられてもいいかなって思ってるし。殺されるのは、ちょっと嫌だけどね。痛いのは、勘弁して欲しいけど。その為なら犬でもいいし、人じゃなくてもいい。その為の努力はするけど、もうそれ以上は俺ではどうしようもないじゃん?」  結構、そう言うの多くない?  自分じゃどうしようもない範囲って奴。 「だから、ま、今の俺に出来るのってありがとって思うぐらいだなーって」 「媚びの売り方って事かい?」 「媚び? いやいや。媚び売ってもさ、変わらんでしょ? 何も変わらんよ」  例え、媚びを売ったとしても。  人の気持ちは一秒もあれば簡単に変わるのだ。 「だからさ、ここまで拾って面倒見てくれた事は本当に感謝してるから、感謝してるだけだよ。媚とかじゃなくて。それに、それ以上の事を望むのは、おかしいでしょ?」  願い過ぎてはダメになる。  犬が人の願いをするなんて。  だから、お兄さんも。 「結局、俺は犬でお似合いなんだよ。犬以上を求めても、駄目なんだ。心が広いとかじゃなくて。許されないだけ」  一緒に飯が食いたい。  それだけの願いすらも。  だって、俺は犬だから。  人になりたいなんて、過ぎたる願いなんだよ。  

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