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第8話
「じゃ、私は帰るから。あれから熱も出てないし、大丈夫だろう。何があったら連絡くれ」
「ん。わかった」
「リリさん、ありがとね」
「長い事世話になったね。ハチ君、くれぐれも包丁は子供用を使う事。大人用は絶対使ってはいけないよ。後それと、これを君にあげよう。方時も外してはいけないよ?」
そう言って、リリさんが自分にはめていた腕輪を俺の腕にはめる。
「え? いいの? 滅茶苦茶高そうじゃん」
「似たようなものは何個も持っている。何、お近づきの印さ。御守りのようなものだと思っててくれ」
「えー。何か、悪いな……」
「悪いと思うなら大切にずっと付けててくれよ。要らなくなったら売りなさい。それなりの価値にはなってくれるから」
「そんな事、しないって」
「いい子だな。さて、メリを待たせているから、もう行くよ。ヘム、また連絡する。ハチ君も。また来るから」
「了解」
「リリさん、気を付けて帰ってね! またね!」
「ああ。またね」
リリさんはそう言うと、扉の向こうに姿を消した。
なんてか、リリさんかっこいいよなー。
大人って感じすごい。
ずっと一緒に居てくれたし。
楽しかったな。
「ハチ?」
「あ、ごめんごめん。何? お兄さん」
また、お兄さんと二人だけの生活が始まった。
「お兄さん」
「何? 何か食べたい?」
「いや、そうじゃないけどさ」
俺は後ろを振り返る。
「何かリリさん帰ってからずっと近くない?」
すぐ後ろに座るお兄さんを見て、俺はため息を吐く。
「見てないと、ハチ死にそうだし」
「いや、大丈夫ってリリさんも言ってたし」
「わかんないじゃん。人間、よくわかんねぇー」
「心配してくれんのは嬉しいけどさ、流石に心配し過ぎじゃね? 俺はお兄さんが分からん……」
見るだけなら遠くでよくない?
こんなにも近づく必要あんの?
わからんねぇー。
「私もよく分からんけど、ハチが生きてんなって思う距離じゃないと不安が凄いんだって」
「何だそれ」
「ハチはさ、私が居ないと不安になんないの? 死んだと思って心配してたんでしょ?」
「まー、してたけど今頗る元気でしょ? 同じ部屋にいたら別に心配しないよ?」
「私はするんだよ。自分でも驚いてる」
「リリさんが居た時は普通だったのに」
「リリがいたから、普通だっただけだもん」
あー。彼女の前だからか?
お兄さんも案外普通なんね。
彼女にカッコつけたいとか。
「本当は、ずっと抱きしめてハチの心臓動いてるか胸とか引き裂いて直接触ってずっと確かめてたい」
「流石に怖いよ……?」
そこ迄?
いや、でもそれにしても、やり過ぎでしょ。
逆に死ぬじゃん。俺。
「それぐらい心配してたんだよ。アイツら蹴散らす時も凄く心配してたんだから」
「うん。そこは嬉しいけど、もう心配あんまいらんと思うよ。だって、リリさんにご飯の作り方習ったし。食料買い込んでけばある程度は保つし、やばい時はメリさん? が来てくれるって言ってたし」
「何でそこでメイディリア?」
「知らんけど? リリさんのお使いだから? だから、大丈夫だって。俺も二度と餓死はヤダしさ」
「私を呼んでよ?」
「お兄さんがやばい時の話なのに? 意味なくない? それ」
「そうだけどさ。ハチは私の犬じゃん?」
「ワンワン」
けどさ、呼んだけど来てくれんかったじゃん?
「わかってるじゃん。さすが私のワンコ!」
お兄さんが後ろから抱きしめて頭を撫ぜてくれる。
うん。だから、距離感!
「お兄さんさ、それ駄目だと俺思うよ? 普通の人間になった時、その距離感は駄目でしょ?」
「ん?」
お兄さんはコテンと可愛く首を横に倒す。
可愛いけどさぁー。
俺よりもデカくてマッチョな大人の男がやってもさぁー。
「……可笑しい?」
「可笑しくない? 絶対近過ぎたって。俺犬でも男だし。こんなに近くて嬉しい事ないでしょ?」
「そう? 私はハチとこうして触れ合えて癒されるけど? 可愛いワンコとの触れ合いは癒しだって」
「……お兄さん、めっちゃ目悪かったりするん?」
可愛いはないだろ。普通に人間の男だし。
「えー? いい方でしょ? 測った事ないから知らんけど」
「絶対悪いって。お兄さん、普通の人間になるんでしょ? リリさんとかは良いかもしんないけど、他の人とかにやるとびっくりされるよ? 引かれるよ? やめなよ」
「でも、今もしてるけど嫌な顔された事ないよ?」
「そりゃそうっしょ? だって、お兄さんの権力とか暴力の塊じゃん?」
今度は俺が首を傾げる。
「うん?」
「気分が許される人間って、そう言う事じゃん。でも、普通の人間はそんなんないから、一律ですよ? 例えばさ、お兄さんに俺が同じ距離出したらどうする?」
「えー? かっわいいー! 戯れてるの? 遊びたい? ボール買う?」
「犬フィルター捨てろよ……。じゃあ、知らん人にされたらどうよ? 嫌じゃない?」
「手が出るかもしれない……」
「出さんで? そこも我慢ね? でも、嫌でしょ? 今のお兄さんは、嫌がると殺されるって前提があるからみんな嫌な顔しないだけ。それが無くなったらされる時も出てくるよ」
「……ハチ、はっきり言うね?」
「んー。だってさ、言わんとお兄さん本当にしそうだしね? 折角普通の人間に慣れた後、嫌な事あるなて可哀想じゃない? 俺だったらハッピーに余生過ごしたいよ?」
「初めて面と向かってそう言う事言われたかも」
あー。言う人、本当いなかった奴だ。
「リリさんとか、言いそうだけど?」
「彼奴は面倒くさいと思ったら、すぐに止めるタイプのくそ女だから」
「くそ女とか言っちゃ駄目。失礼です」
「ハチ、賢いねー。先生みたい」
「俺もテレビとかの受け売りだけどね。けど、距離感は、俺もなー。嫌な時あるしなぁー」
「……いや?」
お兄さんが、パッと俺から手を離す。
「いや、と言うか、お兄さんは特殊だからそう言うのないけど、普通に距離近い奴は嫌だよ?」
気持ちがいいものじゃないだろ。
男だし。かと言って、女なら良いってわけでもない。
結局、人が人故に駄目なんだよ。
「今、お兄さんは俺を犬だと思ってるし、俺もお兄さんの犬だと自分で思ってるから平気。そう言う特殊な設定中じゃん? でも、さ。俺以外にやったら嫌がる人もいるって事。ま、確かに距離近くてたまにビビるけど」
「ビビる? 怖かった?」
「んー。何だろ、変な感じかなー。俺、部屋の中に自分以外がいるとか、よく分かんないんだよね」
そう考えると、慣れてないだけな気もしてくる。
けど、テレビとかではこんなに距離感近い人おらんかったよな?
でもなー、お兄さん以外にこんなことされたら多分凄く嫌だと思う。
おっさんとか。
「変な感じ? 嫌とかじゃないならこのままずっと近くにいるし、触り続けるけど?」
「遠慮無さすぎっしょ? いや、いいけどさ。犬以外にはやらん方がいいよ」
「……そんなにやらなくない? ハチみたいにずっと頭撫ぜるの、ちょっとそれは気持ち悪くない? 流石に部下達にもよしよしとかしないよ?」
「そうなん? 俺、お兄さんは誰にでもその距離だと思ってたけど?」
「リリにもしないよ!?」
あー。ここのカップル、滅茶苦茶ドライっぽいもんな。
「リリさんは、お兄さんと同格なイメージあったから……」
自分より下はみんな犬とか思ってそうだし。
てか、初日から滅茶苦茶フレンドリーだったじゃん?
いるよね。そう言う人。パリピとかじゃなくてさ、普通に人間の事を人気だとおもえない人。
お兄さんは後者な気がする。
「いや、流石に私の方が上だからね? いくらリリが規格外でも、私の方が上だよ?」
ほらー。
「リリさんも凄いし。リリさん凄くかっこいいもんな」
「いや、あの女はただの達観したババアだよ」
「だから、そう言うこと女の子に言っちゃ駄目だって」
直す気なさすぎでしょ。
「……はぁ。ハチはすっかりリリに懐いちゃったね。飼い主としては少し面白くないな」
「懐いたってか……、一方的に世話になってただけだし? 俺だって、恩を忘れる犬じゃねぇーよ」
「流石私のワンコ。でもさ、これでも、私も君の事とても心配してたんだよ?」
「それはリリさんから聞いたし、ごめんなって思う。こうなる可能性、わかってて何もしなかったの俺だし。外出れば、良かったかもね」
「それは……、どうだろう? それもそれで、私は心配するかな」
「何で?」
「ハチが迷子になってるんじゃないかって。また、死にかけてるかもしれないって。飼い主なんだから、心配するじゃん?」
そう言って、お兄さんは俺に寄りかかる。
まあ、俺二回死にかけてるしね。
そこら辺は、何も言えんかも。
「私、これでも以外にハチと過ごした時間楽しかったんだよ。私だって、こんなに長く誰かといた事ないし。同じ空間に人がいるって機会そんなになかった方だし。私、気が短いからさ。長くいると不愉快な事多くなるでしょ? 大抵殺して終わり。でもさ、それが産まれた時からの普通だったわけよ。皆んな、私の顔色を伺って、退屈だったの。ハチはさ、私の事普通の人間として接してくれるじゃん?」
「殺さないって約束してくれたしね」
それに、お兄さんは嘘をつかないから。
それだけだ。
「でも、私にはそれが凄く新鮮で嬉しかったわけですよ。心配なんて、された事なかったもん。怪我なくて良かったって言われた時、本当にこの子を拾って良かったなって思ったわけ。犬飼おうって思い付きで行動したけどさ、今はあの時の自分を褒めてやりたいね」
「それは俺も助かったし否定はしんけどさ。俺も、お兄さんに拾われて良かったと思ってるよ。俺、多分あのまま喧嘩に巻き込まれんでも、何処かでのたれ死んでた自信あるもん」
「ハチなら何処でも可愛がってもらえそうでしょ?」
「そんな事ないって。俺何も出来ねぇーしなぁ……」
生きてくのに必要な事、全然知らないし。
「あはっ。それ、私もだよ。私達、一緒だね」
「そだね。お兄さんも生活能力なさそうだもんね」
「人が言いにくい事、私に真顔で言うのは君ぐらいだよ」
「犬だしね?」
お兄さんはそう言うと、よしよしと頭を撫ぜる。
距離は近いし、正直頬擦りとかはどうかと思うけどさ、大きな手で頭撫ぜてくれるのは悪くいない。
「撫ぜられるの、気持ちいい?」
「んー。そうかも?」
「撫ぜられるの好きなん?」
「えー? どうだろ? 頭撫ぜられるのなんて初めてされるしさ」
「そうなの? こんなに可愛いのに、頭撫ぜたくならないの?」
「知らんよ。人が触るの、大抵身体だったしなぁ」
這いずる蟲が如く。
「……身体?」
「ん? ああ。うん。俺、知らん人にベタベタ触られるのが日課だったんだ。でも、頭は無かったなぁ」
汚いものを擦り付ける様に。
俺は、そう言う物だから。
「……は?」
お兄さんは俺から手を離す。
大丈夫だよ。汚くないよ。ちゃんと、洗って拭いて、使ってる。
だって俺は、受け皿だから!
「……いや、どう言う日課なんだよ!」
「ヘム。お前、私以外に友達絶対いないだろ?」
「いるしっ! 五億人いるしっ!」
「そうか。否定はしないでやるからさ。その残りの友達とやらのところに行ってくれないか?」
「何でだよ!」
「何でって……。今からお前がくれた息子に跨がって腰揺らすからに決まってんだろうが」
リリの下には手口を塞がれた金髪の男が目隠しされた状態で転がっている。
「それ、後でよくない? 私の話の方が大事じゃない? 今からファミレス行く? ポテト頼んでだべよ?」
「よくねぇーよ。ポテト食う前にこっち食いたいんだよ」
「じゃあ、入れながらでもいいから私の話聞いて! ちょっと私も混乱してて意味がわからないんだけどね!?」
「それでもこの場に居続けるメンタルが一番意味わからんだろ。こっちはパンツも脱いでるんだぞ?」
「寒そうね」
「お前の存在がな?」
「私の事は気にせずどうぞ? メリもそう言ってるって。な? メイディリア」
リリの足元に横たわる男に、ヘムはそうか話しかける。
メイディリアこと、メリはヘムの声に身体をビクつかせて縮こまってしまう。
「……萎えてるじゃねぇーか」
「ありゃ? 情け無い息子だ事!」
「メリにとってはクソみたいなパパ様だろうけどな」
「メイディリアはパパの事大好きな筈だけど? あ、そうだ。リリ、メイディリアを滅茶苦茶元気にしてやるから、ハチの事徹底的に調べてよ」
「嫌だよ。割りに合わないし、元気にさせる事なら私でも出来る」
「そんな事言うなよ。何なら、リリ。メイディリアを君を襲わせてやってもいい。何なら私の精液も付けてあげる。どう? これで断る理由ないでしょ?」
「……ヘム」
リリはため息ついでにタバコを咥える。
火をつけてくれる気の利いた犬はそのまま床に転がして、その上に座る形でリリは自分で火をつけた。
「お前の精子は正直喉から手が出る程欲しい。あ、いや。下からか? ま、どっちでも良いけど。篦棒に美味いし、最高だよ。前飲んだのはいつだったか覚えてないが味は覚えているぐらいにな」
「でしょー!? 人間一人調べるだけで手に入っちゃうわけだから、これはやるしか……」
「人間一人。その通りだよ」
リリは白い煙を吐き出して、リムを見る。
「お前の精子と人間一人の情報なんて釣り合うわけがない。天下のヘムロックの精子だそ? お前だってその価値わかってるだろ。だからこそ、お前は私がどれだけ望んでもよこさなかった。お前、何をそんなに人間の子供一人に必死になってるんだ? お前、どうした? 何が気に入らないが知らないが、自分をクソ安売りして迄欲しがるもんじゃねぇだろ?」
何をそんなに執着している?
何をそんなに欲しがっている?
「世界が欲しいなら、滅ぼせるお前が、人間の子供一人を欲しがると言うのか?」
「……は? 別に? 言ったじゃん。ハチの事聞きたいけど、ハチに私の事教えたくないから聞けないって。その代用としてリリに頼んだのに、何それ?」
「それはこっちのセリフだよ。そんなにもどかしいなら、ハチ君を殺せばいいだろ? そして何でも聞ける犬を飼えばいい。お前は今迄そうして来ただろ? 私に救いを求めるなんて、どうかしてるとしか思えない」
「ハチを殺す? 私が? 何で? 気に入ってるのに?」
「……うわぁ」
ここまで来るともはや狂気だ。
「別に機嫌悪くないし? 気に入らない事もないよ? ハチは相変わらず可愛い私の犬だし。ただ、ちょっと過去が気になってるだけ。それって、可笑しい?」
最高に面倒くさい女みたいな事を言う。
「ああ。わかったわかった。もういい」
「あ、手伝う気になった?」
「ばぁーか。なるわけねぇーだろ。もう話すら聞きたくないから帰れ。気が狂いそうになる」
「何それ?」
「お前、ハチ君の過去を知ったらどうする?」
「どうもしないよ?」
知りたいだけだとヘムが笑う。
「じゃ、知らなくてもいいだろ? 知る必要もないじゃないか」
「それは、さ」
「それは?」
「それは……」
あれ?
ヘムは当たり前の様に出てくる次の言葉を探すが、その姿は何処にもない。
「あはっ!」
そんな姿に、リリはタバコを強く噛んで笑った。
「ヘムロック、お前は今クソ下らん雄に成り下がってんだよ」
「……は?」
「いい事を教えてやる。そいつの名前は執着だ」
そう。
それは気持ち悪い程の執着。
何も囚われぬはずの男が。
何もかもが手に入る男が。
要らないものすら欲しいだなんて。
気持ち悪いにも程がある。
「……執着って、それは違うだろ? それじゃあ、私がハチの事……」
「おい、ルールを守れ。いい事教えたんだから帰れや。私はこれからいい事すんだから。それとも、ハチ君にルールも守れんクソ男だって教えに今から行くか?」
リリが薄く笑えば、ヘムはぐぬぬっと口をへの字に曲げてそっぽを向く。
「……はいはい。どうぞお楽しみ下さいっ! リリのばーか! クソババア!」
「お前と同い年だろ」
「覚えてろ!」
「三下かよ」
捨て台詞を吐くと、ヘムはそのまま闇に紛れて消えていく。
「……さて、と。バカは帰ったしメリ、やるか」
「んぐっ!?」
リリに座られているメリが塞がれた口で何か言っている。
その姿に、リリはにこりと笑った。
「ヘムには負けないよ? 私の執着も、中々のものだからね」
玄関の扉を叩く音がする。
何だろう。誰か来たのかな?
お兄さんはあれからユニットバスに籠ってシャワー浴びてるし。
リリさんかな?
俺は玄関の扉に手を伸ばす。
「お兄さーんっ!」
リリさんが来たみたい。
そう続けようとしたら……。
「ねぇ、ハチ。早く開けて?」
玄関の向こうから声がする。
「……え?」
お兄さんの声が。
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