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第12話
この世界にいるのは、人間だけだ。
そう思っていたのに。
「……化け物っ!」
今直ぐにも逃げ出したいっ!
怖い。
純粋に、ただただ怖いっ!
この得体の知れない化け物に、自分がどんな殺され方をするのか。そんなことばかりが頭に浮かんでは脳内で何度も殺され続ける。
それが圧倒的な力での種族の差だと言う事。
自分が虫けらなのだと言う事実だと言う事。
何をしても助からないと言う絶望だと言う事。
全てが一気に俺に襲いかかる。
最早、頭では処理しきれない。
ただただ、死の恐怖が一瞬にして自分の足先迄を染め上げた。
わかるはずがない。
わかりたくない。
わかるのは、純粋な死への恐怖。
必ず殺されると言う結末のみが何度も脳内に刻み込まれる。
「化け物とは、随分と心外だ。化け物の中の化け物と共にいた人間の言葉とは思えない」
化け物の中の化け物?
それは間違いなく……。
「お兄さんの、こと……?」
あの人も?
あの人も、コイツと同じ化け物なのか?
死を押し付ける、化け物なのか?
あの人が……?
「そうだ。ヘムロックは、我等吸血鬼全ての上に立つ王だ。夜の王と呼ばれる程の恐怖を与えて、我等同士を大量に殺した憎き王よ」
お兄さんの赤い目は、まさか……。
「彼奴の強さは、嫌と言うほど知っておる。その強さ故、誰もが手出し出来ぬ事も。しかし、その理由は今わかった。お前ら月血の力だっ! 我々でも、貴様の月血の力があれば奴の力すら恐るに足らずっ!」
お兄さんが吸血鬼だから……?
お兄さんは、本当に吸血鬼なのか……?
ついさっき迄、バカにしてたのに。
そんな存在いないって笑ってたのに。
あり得ないって、吐き捨てていたのに。
目の前に現れて漸く、自分のバカさ加減に気づく。
もう、その可能性を捨てきれないぐらいには。
お兄さんは、俺を犬として飼っていたけど、本当は俺を食べるつもりだったの?
その、月血って奴だから?
俺が特別だったから?
最初から、それが目的で?
「……そっか」
殺さないって嘘だったのか。
そうだよな。犬じゃなくて餌と一緒にご飯は食べれないよね。
ははは。
俺、本当に犬になろうとしてたの、馬鹿みたいじゃん。
ただの餌じゃん。
お兄さんが最後に見せた苦しそうな顔が頭を過ぎる。
可哀想になったから?
同情みたいに?
本当に……。
ははは。
本当、俺って馬鹿だわ。
滅茶苦茶、笑える。
「お兄さん、俺を殺す気だったんだ」
「殺して、血を啜る以外に貴様の利用価値などないだろうに。それとも、自分だけが特別だとでも思ってか?」
ははは。
本当に、このクソジジイ、ムカつくな。
一瞬思ったよ。キスされた後で思ったよ。気持ち悪いと自分で思うぐらい都合の良いこと、考えたよ!
でも、それも違うのぐらいは分かってる。
俺にそんな価値は無いことぐらい分かってる。
犬は犬だよ。
餌は餌だ。
俺って、やっぱりついてない馬鹿なんだな。
「わかったけど、殺されるのも血を飲まれるもの、やっぱりお兄さんがいいわ。お前ら雑魚なんて願い下げだ、ボケっ」
俺は思いっきり舌を出す。
いいよ。もう、犬でもさ、餌でも。
殺されてもいい。
何でもいい。
少しでも、例え犬だとお兄さんが思っていても、俺の中では普通の人間の様に過ごさせてくれた時間をくれたお兄さんの方がいい。
「俺を今すぐ殺さない事に後悔して生きてろ! ジジイ!」
どうせ助からなくても。
せめて、お前ら全員。
俺のまっずい血でも啜って嫌な顔になってろ!
「……貴様は、本当に馬鹿だな」
「っ!」
その瞬間、赤い何かが俺の前を真っ直ぐに通る。
一体、何が?
そう思う間も無く、俺の前髪と服がはらりと舞った。
爪だ。
爪を振り下ろしただけで、俺の前髪と服を切ったんだ……っ!
これだけで、俺を簡単に殺せるって事か?
マジか。
ヤベェ。めっちゃヤベェ。
本当に、もう笑うしかなく無い?
「ははは。お前の事を殺さぬとでも思ったのか? よく分かっているな。勿論、殺さん。しかし、手足はあってもなくても構わんだろう? 何、少しだけ我らが味見をしてやろうではないか」
クソジジイは俺の顎を掴み上げる。
「月血の力は一滴でも絶大と聞く。まさか、本当にいるとはな……。楽しみだな」
「……楽しみでも何でもねぇけどなっ!」
こっちは何の楽しみもねぇーけどっ!
本当に不味い。
さっきの技? のお陰で最早死ぬビジョンしか見えない。
でも、ヤバさがカンストしたお陰で、少しだけ頭がスッキリしたかも。
本当に、笑うしかない状態だからか?
間違いなく、このままでは本当に手足を引きちぎられて血を啜られる。
そうなったら、困るのは本当に滅茶苦茶困るんだけど、それ以上の問題が一つある。
本当に俺は、その月血って奴なのか?
そもそも、ソレが嘘くさい。
何でそんな話になったんだけっけ?
俺、自分の血液型も知らんのだけど。
確か……。
このジジイの勝手な思い込みかなんだよな?
一番の問題は、そこだ。
月血なんて知らんし、心当たりも全然無いけど、月血なら月血でいい。
てか、今の状態では月血って奴じゃ無いと困る。
だって、月血じゃなきゃ俺を生かす理由がなくなるからだ。
違うって分かった瞬間、殺されるに決まっている。
でも、多分違うと思うんだよね。
だって、同じ吸血鬼のお兄さんは俺の血を飲もうとした事は一度もない。滅茶苦茶珍しいなら、少しぐらいなんかあると思うけど……。何もなかったし。
しかし、月血って奴でも俺は手足をもがれるわけだ。ビールサーバーか? って感じで血を飲まれる。
出来るなら一思いに殺して欲しいが、あんだけ啖呵切ったらそれも難しいだろうな。
何で早く冷静にならないんだろ? 頭に血が昇るって奴? 俺本当馬鹿だもんなぁ。
ま、馬鹿だからさ。馬鹿のついでに。
実は俺は今でもお兄さんを信じている。
さっき迄はガンガン疑ってたけど。勝手に絶望してたけど、勝手に失望もしてたけどさ。
よくよく考えれば、あの人は犬でも餌でも人間でも。俺を傷付けなかったよ。
ビンタはされたし、床にキスもさせられたけど、でも、本当に俺を傷付けた事は一度もなかった。
あの人は、本当に俺を殺さなかった。自分が普通の人間になれば俺を解放してくれると約束してくれた。
俺は、それを信じる。
信じるに値する事を、あの人はやっていたから。
餌だと見られててもいいし、約束を果たした後に殺されるのも別にいい。それらは約束の範囲外だし。それでも、約束を守る人だと信じたい。
それにさ、お兄さんの普通の人間になりたいって意味、そのままって分かったし。
俺も、神様の受け皿やってた時はずっと普通の人間にになりたいって凄く、気持ちが分かるって言うか、シンパシー? みたいなもん感じてるんかな。
だから。
多分、多分だけど。
生きて帰ったらさ、お兄さんの話をちゃんと聞きたい。お兄さんの口から。
まずはその為に、だ。
手足をもがれるのも殺されるのも、何とか回避しなきやいけない。
何もない俺の力でっ!
「威勢が良いな。恐怖が足りなかったか?」
「はっ! アンタなんかなんも怖くないからなっ!」
手足ビールサーバーは嫌っ!
手足ビールサーバーは嫌っ!
手足ビールサーバーは嫌っ!
手足ビールサーバーは嫌っ!
手足ビールサーバーは絶対嫌っ!
こんな安い挑発乗るなよ!? 長髪なのは髭と髪の毛だけにしてくれ! 頼む!
まるで何かのカードバトルアニメに出ている気分だ。
ここが通れば、ここが通ればっ! 後に続けれる。
いもしない神様に願う事だけは絶対しないけど、お兄さんに祈るのぐらいは、良いよね?
「アンタは雑魚だからなっ! お兄さんが何で俺の血を飲まなかったのかわかんないんだろ?」
俺も知らないけど。
んなもん、分かるはずなくない? 急に犬として飼うとか言うし、急にキスしてくる人ですよ? わかんないですよ。そりゃ。
でも、何か、お兄さんがすごい人でめっちゃ頭良くて、王とか何とか崇められてるんならさっ!
ちょっとぐらい意味があるとか思ってくれ! 頼む! お兄さんの威厳、頑張れっ!
「……何か、貴様は知っているのか?」
ジジイが目を見開く。
マジかっ!
お兄さんの威厳、頑張った!?
「……月血ってのは知らない。お兄さん、俺に何も教えてくれなかったから。俺は拾われただけだし。だけど、お兄さん、出会った時俺の傷を直してくれたよ? 俺、血だらけだったのに」
お兄さんが治したのかリリさんが治したのか、はたまた医者が治したのかは知らんけど。
「その時、お兄さんが言ってた。傷が付いたら意味がないからって」
未だに聞けない真実を、俺の手で捻じ曲げる。
そして、色を付けるのだ。
価値と言う名の色を、な。
「そん時は、意味全然わかんなかったけど、アンタの口から月血の話を聞いてもしかしてって思った。あの時、言った意味は、俺の体に傷が付いたら月血の意味がなくなるんじゃないかなって」
もしそうだしとしても、アンタの前でペラペラ喋るわけないじゃん。
でも、此奴は俺の事馬鹿だと舐めてる。
いや、馬鹿だけどさ。
馬鹿だけど、馬鹿でも嘘ぐらい真顔で付けるんだよ。
「俺、お兄さん以外に絶対力なんて貸したくない。お兄さんは俺の命の恩人だけど、アンタは違う。だったら、さっ! 月血の力って奴を殺す為に何でもするよなっ!?」
俺は思いっきり口を開き舌を出す。
「なっ! 舌を噛み切るつもりかっ!」
その瞬間、俺の口にジジイの指が突っ込まれる。
うげぇ。
気持ち悪っ。
「小癪な……っ! 貴様、自分の力を無くす為に我等を誘導したのかっ!」
いや、そんな事はない。
全然ない。むしろ、舌だって噛んだら血が出て即バレ一発アウトじゃん。脅すぐらいで終わってたよ。
やっぱり、このジジイ、一人で勘違いするの得意だよね。
俺より馬鹿だよ。
クソジジイ。
「まさか月血にそんな秘密があったとは……。成る程、確かに見つからぬわけだ。しかし、我々に話のは些か頭が悪すぎたな」
それはアンタだろ?
そう、睨みつけようとした瞬間だ。
「っ!?」
何だ?
口が急に熱いっ!
「血の封印を貴様の口に施す」
「がっ!」
急に指を引き抜かれたと思ったら、口が自分の意思では動かずに勝手に閉まり出す。
開けれない?
何で!?
「血化粧、閉」
「んんっ!?」
完全に口が塞がった。
何だ、これ。
まさか、これ、このジジイが?
吸血鬼って、魔法使えるのか? いや、そもそもこれが魔法なのか?
何もわかんねぇ。
けど……。
「大人しくしておけ。舌など二度と噛みきれぬ様にしてやったからな。暫しの命を楽しむがいい」
そう言うと、ジジイは闇に消えていく。
「何も出来ぬだろうけどな」
捨て台詞かよ。
はっ。カッコ悪いな。
俺は鼻で大きく息を吐く。
「んんっ!」
口が開かない事をいい事に、俺は全力で唸った。
間違いない。これは、勝利の雄叫びだ。
首の皮一枚、繋がった!
助かった!
あの絶望的な状態で、何も出来ない俺が、何とかしたんだっ!
口は塞がれたままだけど、何とか……。何とかなった。
危なかった。本当に、もうダメだと思ったのに。
ほっとしたからか、涙が無意識にこぼれ落ちる。
ああ。本当に、本当に良かった。
でも、これで終わりじゃない。
また、あのジジイは必ず俺の前に現れる。その前に、何とかここから逃げなくてはならない。
でも、どうやって?
口を塞がれた以上、助けを呼ぶ声すら出ないのに?
相変わらず手足は縛られたまま、少しも動く事すらままならない。
絶望は変わらない。
首の皮一枚。
本当に一枚だけ繋がった状態だ。
どうやったら……。
どうやったら、俺はお兄さんの所に帰れるの?
助けてよ、お兄さん。
俺、お兄さんの所に今すぐ帰りたいよ……。
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