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第14話
「……どうなってるんだ?」
この異常事態に、リリが曇った声を出す。
部屋は荒らされているが、元々物が少ないため見た目的にはそれほど被害があるとは思えない。
しかし、一番はここに居るはずの少年。
ハチの気配が何処にもない事だ。
「ハチの匂いが何もしない……」
呟いたヘムの目が、血の様に赤く染まっていく。
「彼から部屋を出た……、とは考えにくいな」
普通であれば、それが正常ルート。
キスをされて、拒否られたハチが考えた挙句家を出る。
よくあるストーリーだ。
なんの矛盾もない。
きっと、リリだって、本来ならばそのストーリーを思い描く事だろう。
あの玄関の血の結界を見なければ。
血の結界とは文字通り、ヘムの血を用いた結界である。ただでさえ、強い力を持つヘムの血だ。力技は愚かどんな小細工でもヘムが開かせないと思えば開かない。
先程の夥しい血の結界を見れば、それが一層強固なのは安易に想像がつく。例えリリであったとしてもこの部屋から出るのは難しい。
まして、人間であるハチがどうにか出来る問題ではないのだ。
「……残響見るか?」
人の通った道筋ならば、ある程度の力で影のみを具現化出来る。
「見る必要あると思う? どうせ、大方ハチが部屋の中を荒らしまわった影しか見えないよ」
そう。見えると言う事は、力があるものには細工も可能と言う事になるのだ。
恐らく、力のある者。
普通の人間ではない。リリやヘム側の者が此処に押し入ったのだろう。
「確かに、な。だが、ハチ君は……」
「こんな部屋を荒らすわけねぇーんだよ。誰だ。こんな舐めたクソみたいな真似した馬鹿は」
声を荒げる事はないのに。空気だけが張り詰める。
酷く、彼は気が立っている。
彼が持っていた薔薇はとっくに萎れ折れているのが良き証拠と言う事だろう。
押し入ったと言う事は、ハチは間違いなくそいつらに連れ去られた事になる。
「……血の匂いはしないな」
思いつくのは、ヘムの部下たち。
ヘムを止める者達だろう。
しかし、血の匂いがしないと言う事は、ここでハチに対し殺す事も血を啜る事もしなかった証拠もなる。
それは何故だ?
相手は吸血鬼。人間なんて餌だと思う奴らばかり。
ならば、何故餌をこの場で食い散らかさなかった?
そんな温情用いるはずがないと言うのに。
「ハチを何処にやった?」
「考えられるのは……、扉か」
リリが玄関とバスルームへと続く扉を交互に見る。
「扉……」
「見誤ったな。可能性がないわけじゃないだろ? あの襲撃、無駄死にするには数が多過ぎるとは思わなかったか? 大方、お前の追走する為の策を作って居たんだろうな。私達にとってはチリみたいなもんでも、彼奴らにとったら紐の如く思っていたとしても可笑しくない。気付かなかった此方の負けだよ」
ヘムは自分の力を過信していた。
そして、周りの力も。
まさか、こんな馬鹿なことを今、するだなんて。
「……殺す。もういい。生贄とかどうでもいい。彼奴らには対価の価値すらない」
「落ち着け。ハチ君がまだ死んでないなら、私とお前で何とでもなる。メルを呼び出せ」
「彼奴が? メイディリアがやったのか?」
「なわけねぇーだろ。彼奴の首輪は私がきっちりと抑えている。そんな事すれば嫌でも分かるよ。ただ、お仲間かどうかの見分けを付けさせる。今のお前は何でもぶち壊しそうだからな」
ヘムの目は赤く光り続けている。
最早爆発寸前のダイナマイトだ。
それをヘム自身も分かっているのだろう。舌打ちをしてすぐ様口を開いた。
「……メイディリアっ! 俺が呼び出してんだっ! 一秒も掛けずに来いっ!」
召喚でも何でもないのかよ。
リリは呆れながらも口を挟む事もせずに見守る。
どうせ、来るさ。
それも、一秒も掛けずに。
飼い主よりも己の血の父の差を見せつけられるなんて、地獄だな。
「ヘム様、お呼びでしょうか」
リリの思った通り、金髪の男がヘムの前に音もなくヘムの影から跪く様に現れる。
「メイディリア、お前、何か知ってるか?」
「……申し訳ございません。話がわからないのですが……」
その瞬間、メイディリアの首をヘムが掴かんだ。
「ハチが拐われた。お前ら雑魚の手口か?」
いじめかよ。
リリは呆れヘムの腕を掴む。
「やめろ。メリは私のだ。今、私までも敵に回す気か?」
「……は?」
ヘムの赤い目がリリを突き刺す。
しかし、リリはそんなものを諸共せずに手に力を入れて睨み返した。
「やるか?」
「……リリ、お前も死にたいなら早く言えよ。今すぐに殺してやるよ」
いくらサキュバスの女王でも吸血鬼の王には勝てない事ぐらいはわかっている。
力の根源が違うのだ。
強さも、何もかも。
ヘムロックと言う吸血鬼は、そう言う悪魔なのだから。
「すぐに殺してくるのはわかるが、少しは頭を冷やせ。私だって、ハチ君は助けたい。それに、少しばかり思う所もある。それすら殺す気か?」
「……思う所?」
「ハチ君にあげた私のブレスレットだ。あれは、過去の私の力が分散されて入れてある。お前相手なら一発で壊れるが、お前以外なら数発はハチ君の身を守れる筈だ。今、それを発動させる」
「そんなもんあんの!?」
「お前とつるんでいる間に何度か死にかけたからな。それぐらいのズルでもしないと、私が死ぬ」
「……ハチは無事なの!? 大丈夫なの!?」
「多分な。生きてりゃ生気を分け与えて回復してくれるし、死んでいたら何の反応もない筈だが……、喜べ。反応はある」
「っ!」
ヘムの手がメイディリアから離れてリリを抱きしめる。
「リリ最高! 最強っ! 凄いっ! 流石私の親友っ!」
「調子のいい事言ってんなよ?」
「ハチの状態はどうなの!? 無事なの!?」
「それは知らん。過去の力は完全に私と分け隔てられた存在だからな。起動発動は持っている人間の生力を媒体に出来るが、会話とかは出来んよ。だから、急がなきゃなんないってわけだ」
「……は? クソ役に立たなくない?」
「……お前、本当にクソだな」
リリは軽蔑した目でヘムを見る。
「あの、リリ様、ヘム様、一体、何が……?」
何が起こったかも知らぬメイディリアが怯えながら二人を見上げる。
「悪いが、メリ。説明は後だ」
「あー。メイディリア、さっきはごめんね。私、ちょっと勘違いしちゃってみたい。全然今は怒ってないよー。可愛い息子ちゃんの久々の再開喜んじゃうぐらいハッピーハッピー!」
「……は、あ」
「あ、久々でもないか。この前縛られてリリにいじめられる時に会ったもんねー」
「ヘム様っ、あ、あれはっ!」
「いいよいいよ、息子のちょっと大人な所を見てパパ心配になっちゃったけど、そんな趣味すら心の広いパパは許すよ。でも、縛られるのが趣味だなんて、パパびっくりしちゃった。そんなに好きなら、二度と動けない様に箱に詰めてあげるからさ……。メイディリア、今ね、パパ凄く困ってるんだよ。ちょっと力貸してくれるかな?」
メイディリアはガクリと首を垂らす。
もう、終わりだ。
アレを見られた時から分かっていた。わかったいけども。
「お父様、それには誤解がっ!」
「メイディリア、この部屋の影全部調べられるな?」
「……へ?」
「調べたら、お前の言い訳聞いてやるよ」
「性格悪いな」
「性癖悪い奴に言われたくない」
「……影、ですか?」
「何かあるだろ? 俺に見つかったら困る奴とか」
メイディリアはため息を吐く。
珍しい。いつもならばもっと難しい無理難題を押しつけてくる癖に。
影については、メイディリアは専門分野。
実にまともな仕事である。
メイディリアもまた、ヘム同様に吸血鬼の一族だ。
ヘムの息子は息子だが、直系の血統は違う。本当にヘムの血を分けた息子ではない。
簡単に言えば、養子の様な者だ。
メイディリアの一族、血盟五家の一つであるヴィステール家は既にヘムの手によってメイディリア一人残して壊滅している。メイディリアはその唯一の生き残りなのである。
幼かったメイディリアは、一族の惨劇を見せつけられた後にヘムが拾い息子として保護下においていたのだ。
多分、気まぐれか何か。
でも、育てられた恩はある。
その後、程なくしてリリに買われたが。
父は父だ。
絶対的な存在なのだ。メイディリアにとってヘムロックと言う男は。
「……そこの扉に影が少量こびり付いております」
そう言って、メイディリアは玄関の扉を指さす。
「誰の影か分かるか?」
「少量で実に弱い力です。恐らく、外に貼られたヘム様の血の力の影響でしょう。名もなき吸血鬼の命を賭けた影かと」
「その影は何処につづている?」
「中です。あの扉の中。ヘム様の結界の力故、外に出る事も叶わずあの扉の中に影が巣を張っています。細い蟻が通る様な程の狭き道ですが……」
メイディリアは立ち上がり眼鏡をかけ直す。
「貴方が達には些か不敬でございましょう。広げますか? 私には出来ますよ?」
メイディリアは影を操る事には長けている。
その自信もある。
「いいね。流石私の息子」
「今は私のだ。口を慎め」
「……はぁ。どっちでもいいですけど、これが終わったら早く僕を殺して下さいよ? 生贄でも何でもいいんで、早くこの地獄から開放してください」
メイディリアはヘムを見る。
例え女王と呼ばれていたとしても、吸血鬼よりも下級であるサキュバスの配下に下らなければならない事はメイディリアにとっては死よりも屈辱なのだ。
そして、寄りにもよって慰め者されている事も、また彼のプライドを傷付ける、
たからこそ、早く終わらせて欲しい。
殺して欲しい。
「僕は貴方が人間になる代償なら喜んでなるので。なるべく早くお願いしますよ」
この屈辱の日々を終わらせる為にも。
「おけおけ。なるはやね!」
しかし、ヘムはぱぁと明るく笑って手で丸を作るだけだ。
本当にこいつ分かっているのかと言う目を向けながら、メイディリアは玄関のドアノブに手を伸ばす。
「……僕の計画に楯突く奴は、全員殺す。お前ら影も同様だ」
メイディリアが強く力を込めれば、扉が一人でに開いていく。
「開きました」
そこは、暗闇。
壁も天井も何もない、暗闇だけが広がっていた。
これが、吸血鬼が得意とする影の力を使った世界。
「真っ暗だな」
「リリ怖いの?」
「そうだな。怖いな。な? メイディリア?」
メイディリアはうっとした顔をしてリリを見る。
何百年寄り添って生きているが、この人のこう言うところが苦手なのだ。
「……暗いですので、お手をどうぞ」
人間の女の様な真似をしたがる所が。
いくら下級とは言え、力は明らかにメイディリアよりも上だと言うのに。
「あら、気が利くな。ありがとう」
「いえ……」
自分がさせた癖に。
「あ、それ私なんて言うか知ってるよ? 介護でしょ?」
「すまんが、ついでに彼奴も殺してくれるか?」
「無理言わんで下さい……」
この中で一番弱いのは間違いなくメイディリアだと言うのに。
「まーまー。私の機嫌のいいうちにさっさと行こうよ。でないとさ、リリもメイディリアも分かんなくなっちゃうから」
ヘムの背中から六枚の羽が広がる。
機嫌?
そんなもの、最初から最悪だ。
今から愛の告白でもしようと思っていたのに。
随分と水をさされた。
憤慨しても致し方ないだろうに。
吸血鬼の王、夜の王。彼の名は様々あるが、今の彼に一番似合うのは死の王、ヘムロック。
彼の為に皆が死ぬ毒の王が。
「真っ暗だね」
俺が口を開くと、お姉さんが頷く。
「恐らく、ここは吸血鬼達が作り出した影の世界だ」
「影?」
「そう。光がさすと、君にも出来るだろ? ここはその向こう側の世界さ。吸血鬼は主に血と影を操る力に長けているからな」
「お兄さんも?」
「彼奴は……、どうだろ? そう言う次元じゃないからな」
「え。そんなに強いん?」
「強いよ。本体の私でも、勝てないだろうし。昔は五分五分だったんだけどね」
「え、お姉さんもめっちゃ強いじゃん!」
「有難う。君は驚く程真っ直ぐだな」
「捩れるぐらいの情報貰えず育ったからだと思うよ!」
「はは。そりゃ可哀想だ」
お姉さんはそう言って笑う。
リリさん、昔も今もすげぇ大人だなぁ。
「でも、ここが影の中なら出口ってあんの?」
「君が入ってこられたと言う事は、出口は必ずある。だが、開いてる保証はないな」
「え? ヤバくね?」
「覚えているかい? 私には強い力なら三回力が使えるんだ。出口をこじ開ける事も、もちろん出来る。だから、一回は扉が空いていない時のために、何が何でも取っておく必要があると言うことさ」
「……ねぇ、今俺が出来る事ってあったりする?」
「ん? 君が?」
お姉さんは優しく手を伸ばして僕の手を引く。
「何も無いよ。己の弱さを分かっていれば上出来だ」
「……お姉さんは、昔のリリさんなんだよね?」
「ああ。何度もそう言ってるんだろ?」
「じゃあ、やっぱり昔からリリさんは優しいね。いい人だよ」
嘘はつかない。
優しくても、厳しくても。
誰かの為を思わなくても、何でも。
この人も、真っ直ぐだ。
「俺、そう言うリリさんめっちゃ好き。リリさんみたいな大人になりたい」
「私? ぶふっ!」
「え!? そこ爆笑すんの!? リリさんまた鼻水出してるっ、拭いて拭いて! それ昔からなん? 俺の服、もう切られてるから使っちゃって?」
「いや、要らんけど、面白いこと言うなぁ、君。私はサキュバスだよ?いい大人とは到底言えない事も沢山してきているからね」
「それは知らんけど。俺の前のリリさんはいつもカッコいいからさ。俺はそうなりたいと思っただけ。お兄さんもカッコいいけどさ、大人って感じじゃ無いもん」
「はは。それは言えているな。もう少し、君とは話がしてみたかったが……」
「え? 歩きながら沢山すればいいじゃん。俺もお姉さんとしたいよ?」
「ああ。どうやら、それが叶わないらしい。無粋な奴がいたものだな。流石、ヘムロックの同種だ」
リリさんが自分の後ろに俺を隠すと、目の前に赤い光が無数に灯る。
何だ?
火?
しかし、それは火でも何でもなかった。
赤い目をした吸血鬼が、そこには大勢いたのだから。
「数が多いな」
お姉さんが舌打ちをする。
え? ヤバい感じなの?
「その子供を渡して貰うぞっ!」
先頭に立つ吸血鬼が声を張り上げると、一斉に吸血鬼の群れが俺たちに襲いかかってくる。
「ハチ君、君は離れてっ!」
お姉さんはそう言うと、俺を突き飛ばした。
「お姉さんっ!」
俺が離れた瞬間に、お姉さんに向かって吸血鬼達が飛び掛かり悲鳴が上がる。
そんな……。
お姉さんが……っ!?
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