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第17話

「てか、お前誰? 何処の種族よ? 何で私の部屋に入った? 荒らした? 吸血鬼の誰かに頼まれた、とか?」  お兄さんがジジイを睨みつけながら問いかける。  ん?  んん?  俺はお兄さんの腕の中に仕舞われながら、首を捻った。  あれ?  お兄さん、このジジイ知らなかったり?  え? そんな事あんの!?   「……え? お兄さん、知り合いじゃない感じ?」 「え、知らない知らない。はじめましてだけど?」 「あのジジイ、お兄さんの名前めっちゃ連呼してたけど!?」 「えー。まあ、私意外に有名人だし? 名前だけなら知ってるんじゃないの?」 「嘘でしょ!? そんな感じじゃなかったよ!?」  絶対そんな感じじゃ無かったんだよなー! 「ヘムロック……。あいも変わらずふざけた男だ……」 「ほら、お兄さんの事知ってる感じじゃない?」 「えー。でも、全然わかんないなぁ。何処かで私と会いましたっけ?」 「貴様のその不敬な態度、実に気に入らぬ。王には相応しくない」 「そんな事言われても。王にしてくれって頼んだ覚えはないし、勝手に人を王呼ばわりして、相応しくないとか、どんだけ自己中なんだよ」 「貴様だけには言われいたくないな。自分が人間になる為の対価に、己以外の我等が同胞、吸血鬼全ての命を差し出すと言うのにっ!」  え?  人間になる為に、自分以外の吸血鬼の命を?  それは……。  流石に、無茶苦茶過ぎでは……?  そりゃ、命狙われるよね!? 俺も巻き込まれてもおかしくないわ! 「え? それ、なんか問題あるの?」  お兄さんは、こんなんだし。  逆に、何か可哀想になってくるじゃん?  おじいちゃん、そりゃ怒るよね。 「大体さー。私、ずっと言ってたじゃん。文句あるなら私を殺せばいいってさ。私が一番上に立ってる時点で、好き勝手するから、引き摺り下ろすなら全員でかかってこいて。なのに、何? 数百年ずっと人の事を王やらなんやら持ち上げて、いざ自分たちの身がヤバくなったら本気出します? ちょっとそれは自分勝手過ぎるっしょ? 前から出してよ。その本気って、思わない? ね? ハチ?」 「えっ!? 俺!?」  急に話振らんでくれる!?  俺、全部話わかってないから! 「急に言われても、困るんですけど……?」 「困っちゃうかー! そっか、そうだね。ハチ、困っちゃうね。人間だから、分かんないもんね」 「いや、うん、まあ、そうですね……?」  何だ? このテンション。  めっちゃ高い。こんなにテンション高いお兄さん初めて見る気が……、いや、そうでもないな。  俺が最初に死にかけた時もこれぐらいテンション高かった気がする。  この人の情緖、謎すぎっしょ! 「だって。ハチが困ってるから、さっさと死のうか? おじいちゃん」  お兄さんがそう言って、お兄さんはすっと手を突き出した。 「ハチはさ、私が吸血鬼って知っちゃったんだよね?」 「え?」  お兄さんが、俺を見ずに問いかける。 「う、うん。ごめん、聞いちゃった」 「何で謝るの? 騙してたのは、私の方だよ?」 「いや、だって。お兄さん、知られたく無かったんでしょ? それ、勝手に聞いちゃったから……。嫌かなって思って」  いつだって、言えたはずだ。  俺に自分の正体なんて、この人はいつだって告げれた筈だ。  けど、そんなことはしなかった。  それってさ、聞かれたくないからでしょ?  嫌なことだったんでしょ?  それに……。 「もしかしたら、隠してたの俺の為かもって、思って。怖がらせたくないとか、色々考えてくれたのかなって。そう思ったら、ごめんって思えるもん」  勝手に聞かされたけどさ。  けど、それを事実として聞いたのは間違いなく俺じゃん。  お兄さんがちゃんと話してくれまで待つよって思ってたのに。待てなかった自分が情けない。 「ハチ……。やっぱり、私、ハチが好きかもっ!」  そう言って、お兄さんがキラキラした赤い目で俺を見る。  え?  この人、何突然言ってるの? 「ん? あ、有難う?」 「ハチはどう!? 私の事、好き!?」  何かグイグイくるぅ。  何で? 今、結構ヤバいんじゃないの?  そんな事言ってられる感じなの? 「いや、好きか嫌いかで言えば、好き? かも知んないけど、そんな事言ってる余裕あんの?」 「え? 知らんけど?」  この人、本当ぶっとんでるなぁ! 「馬鹿にしおって! 貴様から来ぬならばっ! 此方からだっ!」  ほら! おじいちゃん怒っちゃったでしょ!? 「お兄さんっ! 上っ!」  またも、赤い刃の空が出来上がる。  あの時は、お姉さんの力があったけど、今はどうするんの!? 「え? あー。なんか見た事あんね。これ」 「貴様が滅したロゴフトの秘術っ! とくと味わうがいいっ! 緋柱剣雨っ!」  おじいちゃんがそう叫ぶと、今度はただ、単純に雨の様に下に落ちるだけじゃない。  お姉さんにした様に、刃全てがこちらに向かって注がれるのだ。 「お兄さんっ! 俺を庇わなくていいから、逃げてっ!」  また、お姉さんの様に……っ! 「え? 庇わないよ? 何で私がハチ庇うの?」  え? 「ん? あー。もしかして、可愛い事考えてくれてる? この剣全てがここに落ちるとか。可愛いねっ!」  んん?  いや、だって……。二回ぐらい見てるしね? 俺。  あれ? でも、全然降って来なくない?  上を見上げると、ぐぐっと剣達が動かずに何故が見えない力に押し上げられている様に見える。 「そんな心配要らないよー。だって、これ、たかが血じゃんっ!」  お兄さんがそう言って伸ばした手で指を鳴らせば、次々に剣達が破裂して緋い血の雨になって地面を濡らしていくではないか。  どう言う事だ?  お姉さんは砕いてたのに!? 確かに、あれは固い強固な刃だったのに!? 「……何で?」 「んー? 何でだろうね? あのおじいちゃんが、弱いからじゃない?」  あ、この人。  多分、本当にやばい人だ。 「てかさ、緋柱剣雨だっけ? 何それ? 技名? 態々叫ぶ意味あんの? 何その一生懸命やってますアピール。私、そう言うのめっちゃ嫌い」 「……」 「もう、いい? 次はこっちから行くけど?」 「はは。流石ヘムロック。何一つ、貴様には届かぬか」 「届かせる気ないからじゃね? 真面目やりなよ。そう言うのが不敬って言うんだから」 「強者のみが許される傲慢、か。しかし、ヘムロック。それは貴様の方の本当の力ではない事を我等は既に知っておる。貴様に勝てる方法も」 「へー。そんな裏技あんの? 凄くない? ダイギリにでも載ってんの? 私にも貸してよ?」 「隠すな、隠すな。全てはわかっておるのだ。その小僧が、月血の持ち主と言う事もなっ!」 「っ!?」 「ハチっ!?」  凄い勢いで、床に散らばった血が俺の手を引っ張り上げお兄さんから引き離す。 「ぐっ!」  そして、ジジイの手の中に俺はいつの間にか居た。  何が起こったのかわかんないけど、これ、やばい奴だ。 「この小僧の血は、月血なのだろ? それを独り占めしようだなんて、意地が悪いな。ヘムロック」  嘘だろ?  俺、本当に月血なの?  だからお兄さんは……。 「……いや、全然意味わかんないんだけど、月血って何?」  お兄さんが首をコテンと横に倒す。  んんー??  あれー? 「ハチ、月血って奴なん?」 「いや、俺も全然知らんけど!?」  俺に聞く!? 「違うみたいだよ? 何か勘違いなら、さっさとハチ離してあげてよ」 「しらばくれるなっ! 貴様が人間を囲うのだから、月血以外のはずがなかろうっ!」 「えー? 月血? 何かどっかで聞いた事あるけどさー。血液型占いとか信じちゃうタイプな訳? それ、吸血鬼として如何なの?」 「この期に及んでまだシラを切り通す気かっ! ならば良いっ! 我等が血を啜って証明してやろうっ!」 「いや、それはダメだろ? 何言ってんだ。雑魚」  いつの間にか、お兄さんがジジイの頭を掴んでいる。  あれ? お兄さん、向こうに居たよね? 「ハチは餌じゃねぇーんだよ。勘違いすんな」 「緋血線っ!」 「お兄さんっ! 危ないっ!」  ピアノ専の様な細い赤い糸が無数に鬼さんに巻きつこうとしてるっ!  早くここから離れてっ! 「邪魔だって言ってるだろ?」  お兄さんがそう静かに言うと、糸は途端に切れ切れになってしまう。  少しだけ、そう。少しだけ。  頭の悪い俺でもお兄さんの力が何か分かってしまったかもしれない。 「はっ! 掛かったな!」  しかし、ジジイは切れた糸には見向きもせず、俺を見た。  何で?  一体、何が……?  その瞬間、俺の手に無数の針が突き刺さる。 「痛っ!?」  こいつ、まさかっ!  これを狙って!? 俺の血を本当に飲む気かっ! 「これで我等が王になるだっ!」 「やめろっ!」  本当に俺が月血って奴なら、本当にヤバいっ!  飲むなっ! 啜るなっ!  手を何とかジジイから遠ざけようとするが、もう遅い。  がっちりと掴まれた腕が逃す事を許してくれない。  ジジイは、滴り落ちる血を舌で受け取る。  飲んだ。  飲んでしまった。 「ははっ! これで我らも王の力が……っ!」  最悪だ。  本当に、最悪なシナリオだ。  本当に、俺は月血だったんだ。  俺の血を飲んで、こいつはまた強くなる。あの赤い刃がより強固になり、お兄さんの力すらも及ばなくなるのか……?  そうなったら、本当に……っ! 「……あ?」  しかし、ジジイの喜びの声は直ぐに消える。  ジジイはマジマジと自分の手を見つめているが、どうしたんだ? 「……何故だ? 何故、力が湧いて来ない?」  あー。  うん。  やっぱりねっ! 「いや、そりゃ、人間の血飲んでもそんなもんでしょ?」  お兄さんは当たり前のように言う。  俺も、そう思う。  あー。さっきまでビビって気持ち全部返して欲しいわ。 「何故!? 貴様、月血ではないのかっ!?」 「え? うん。多分違うと思ってた」  だってさー。  俺、普通の人間よ?  神様の受け皿とか言われてさー、人の業やら厄を塗りつけられてて思ったけどさー、俺、何もできんからね?  こんなん普通の人間やんって、ずっと思ってたわけだからね?  特別な血が流れてますとか、ないない。  あり得ない。  あったらさー、もう少し早くあそこから逃げてるし、俺の体に触ってるヤバい奴らの手吹き飛ばしてるって。  でも、そんな奇跡は一度もないし、普通に飯食って、寝て、クソして、テレビ見てたガキだからね。 「では、何故っ!? 何故、ヘムロックともあろう者が、こんな人間を囲うのだっ!?」 「それはさ、俺が犬だからでしょ? お兄さん、犬飼いたいって言ってたし」 「そ、その予行練習でハチの事飼ってただけだからね? 囲うとか、本当誤解の産むようなこと言わんでくれる? 私の人柄が疑われちゃうじゃん?」  いや、お兄さんの人柄は結構前から疑われるべきだと思ってるし、結構疑ってるよ?  言わんけど。 「……犬?」 「ま、おじいちゃんには理解できないか。可愛いモノを飼いたいって気持ち、分かんないよね。でもさ、今の状況なら理解できるんじゃない?」 「……貴様っ! よくも騙したな!?」 「あ、理解できないかー。リリ並みに介護が必要だね。じゃあ、体で覚えなよ」  お兄さんが指を鳴らせば、お兄さんの後ろに無数の赤い刃が浮き上がる。 「こんな感じだっけ? ハチの前だから、私も優しくなっちゃうんだよね。ゲームをしよう。この剣から逃げきれたら、お前の勝ち。見逃してやる。でも、捕まったら……。お前は死ぬ。はいっ! はじめーっ!」  ジジイはお兄さんの手を叩く音を合図に、俺を突き飛ばして羽を羽ばたかせて逃げていく。 「わっ!」 「ハチ、傷大丈夫?」  落ちるとか思ったけど、お兄さんが抱きかかえてくれたお陰で、大丈夫みたい。 「うん。少し痛いぐらい?」 「すぐに治してあげるからね。血が出る怪我を治すのは、私得意だから」  そう言ってお兄さんが俺の手を握ると、見る見る傷口が消えていく。  成る程ね。  やっぱり、最初の傷はお兄さんが直してくれたんだ。 「ありがとう、お兄さん」 「どういたしまして」  やっぱり。  これだけ見ても、やっぱり。  怖さなんて微塵も感じないんだよな。 「あのおじいちゃん、逃すの?」 「んー。最初は殺すつもりできたけど、ハチに会うとどうでも良くなっちゃったよね。ハチは殺したい?」 「んー。微妙な所」  お姉さんの事もあるけど、何かあれだけ馬鹿にされるのを見ると可哀想になってくるし。 「じゃあ、ま、間を取ってここにある血を全て使って逃げ切れたら、不問って事で」 「それ、間なん?」  何の?  結構、血残ってるし。 「勿論、私とハチの間だよ?」  そう言って、お兄さんは楽しそうに指を鳴らすと、次々と刃を作っては、彼奴の方へと向けて飛ばしていく。  ジジイは、凄い速さで駆け抜けては避けてるし、これはひょっとして、ひょっとするんかなぁ。 「すばしっこいね」 「ねー」 「でも、前方見た方がいいと思うんだけどな?」 「前方? 何があるん?」 「うん。鬼婆がいるんだよね」  鬼婆?  まさか。  俺は目を凝らすと、そこには髪を揺らしたリリさんが拳を構えて立っているではないか。 「あいつの拳、めっちゃ痛いからね。私でも吹き飛ぶから。あのおじいちゃん、形残らないんじゃない?」 「はは。それ、俺めっちゃ知ってるわ……」  あの人、本体も結構な物理なんだ……。 「リコリスっ!? 貴様、死んだ筈ではっ!?」 「勝手に殺すなよ。雑魚がっ! うちのメリの前に二度と現れるなって言っただろうがっ!」 「何の話だ!? メイディリアなんて……っ!」 「気安く、私のメリの名前を呼ぶなっつてんだろっ」  その瞬間、リリさんの拳がジジイの顔面を貫く。  本当に、文字通り。 「うわっ……」  色々溢れてるじゃん! 「弾け死ねっ!」  真っ直ぐに、リリさんの拳が、ジジイの体全体まで貫いた。 「まったく。メリ、手が汚れた」 「はい」  金色の髪の男の人が暗闇から現れてリリさんの手を拭いてるけど……、あれがメリさん?  めっちゃ大人の男じゃん! 俺よりも年下なのかと思ってたけど、お兄さん達と歳変わらなくない? 「タバコ」 「どうぞ」  リリさんの口にメリさんがタバコを咥えさて、火をつける。  何か、女ボス感すげぇな。 「……火が足りんな? ああ、ここに丁度いい薪があるか」  リリさんは手を叩くと、お姉さん同様に散らばったジジイの肉片から炎が上がった。  つまり、これでジジイは二度と起き上がらないってわけ、か。  俺は深いため息を吐く。 「ハチ、どうしたの?」 「んー。何か、やっと終わったと思ったら疲れがどっと出てきたって言うか……」 「大変だった?」 「そりゃね! だって、俺、さっきのジジイに何度も殺されかけたし、手足引きちぎられそうだったり、それから……。お兄さんの話、ちゃんと聞こうと思ったんだよね」  俺は、お兄さんを見る。 「……私の?」 「うん」 「キスした事、怒ってない?」 「あー。忘れてたね。でも、最初から怒ってないよ?」 「私の事、嫌いになった?」 「何で? 突然出てったのは、ちょっとムカついたけど、それも理由を話してよ?」 「私の事、好き?」  またぁ?  んー。 「それは、よく分からんけど。何でそんな事聞くのかも、全部話して」  俺はお兄さんに抱きついた。 「全部、お兄さんの口から聞きたい。だからさ、帰ろ? 帰ってから、話そ? 俺、全部受け止めるから」 「……うんっ! 帰ろうかっ!」  お兄さんが笑う。  俺も笑う。  餌とか、吸血鬼とか、色々あるけどさ。  今はそれだけで、十分だよ。

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