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第18話

「でも、あの部屋はちょっと理由があってもう帰れないんだよね……」 「え!? そうなん!? お兄さんあの部屋で襲われたとか!? 大丈夫だったん!?」 「あ、いや。うん。そんな感じです」 「何で敬語?」  突然どうした? 「お疲れ様。ハチ君、怪我は?」 「あ、リリさんっ! うん。平気なんだけど、ブレスレットが……」  そう言って、ブレスレットをリリさんに見せる。 「ああ。過去の私は君を守ってくれた様だな。良かった良かった」  そう言って、リリさんはタバコの煙を吐き出した。 「でも、お姉さん、消えちゃったよ?」 「ん? お姉さん? ああ。あれの事か。そう言うモノだからね。気にしなくていいよ。使い捨てカメラみたいなもんさ。写真を撮り切ったら、捨てるしかないだろ? 他に使い道もないんだから」  んー。使い捨てカメラ……。  使い捨てカメラって何? 一眼レフって奴の事? でも、多分これ聞いたらやばいんだろうなオーラがある。  ここは、話合わせとこ。 「そっか……。最後まで助けてもらったのに、俺、お礼言えなくて。だから、リリさんに言っていい?」 「私に? 良いけど、別に言わんでも良くないか?」 「いや、俺が言いたいから。助けてくれてありがとう。めっちゃ心強かったよ。お姉さんも、リリさんも、かっこよくて強いね」 「そうか。過去の私も、喜んでるよ。きっとね。私が嬉しいんだから間違いないさ」 「うんっ!」  いや、本当はこの自己満もどうかと思う。リリさんの言う通り、言わんでも良いもんだと思うよ。だけどさ、俺以外にもお姉さんが俺を守ってくれた事、カッコ良かった事、知ってて欲しいんだよね。  俺がどんだけ、嫌な奴や無礼な奴になってもいいからさ。  それこそ、自己満だけど。 「さて。そろそろ帰るのはいいが、結局今回の騒動はなんだったんだ?」 「あ、聞くの忘れた。何か勘違いだったぽいよ?」 「人騒がせな奴だな。そんな事で騒ぐなよ」 「ねー。あ、リリ。あのおじいちゃん誰か知ってる?」 「知らん。が、たまにメリに念送りつけてくるストーカーなのは知ってる。毎回倍返しで送り返してやるんだが、中々あのストーカー野郎辞めなくてな」 「え。こわっ。犯罪じゃんっ。ハチもやばかった感じじゃん!」 「ははは……」  いや、怖いのは二人の会話だよな。  昔のリリさんは、あのジジイの事名前で呼んでたし、あのジジイはあのジジイで二人の事をちゃんと掌握してた。だとするとさ……。  この二人、マジで忘れてるだけなんじゃね?  一族皆殺しにしたとか言ってたけど、そんもん簡単に忘れるもんなん?  ヤバくね? 「あれは、ロゴフト家のチェスタロス卿ですよ。何でお二人とも忘れる事が出来るんですか……」  心底軽蔑した様な目で、リリさんの後ろに控えていた金髪のお兄さんが口を挟む。  これが噂のメリさんかー。よく分からんけど、ドイツっぽー。 「あー、それ。腕輪のリリさんもそう呼んでたよ。一族殺して悲鳴楽しかったて、言ってたけど?」 「……うわ、もうサイコパスのセリフじゃん、それ。リリやばっ」 「……いや、待て。マジで思い出せん。悲鳴聞いたか? てか、ロゴフトって何だっけ?」  リリさんが初めて苦悩な顔を作って額を抑える。  あ、これガチで思い出せな奴だな。 「ロゴ何とかってあれだろ? あれ、えっと……秘伝の緋柱何とか雨って奴、使う奴」 「お兄さん、さっき覚えた単語使おうとしてない!? しかも、うろ覚え過ぎん!?」 「いやー。だって全然覚えてなくてさ?」 「お兄さん、月血の事も知らんかったし、本当に吸血鬼なん!?」 「月血……、聞いたことあるんだけど……。んー……、ヘイ、メリっ!」  あ、諦めた。 「僕に振るの、本当に辞めてください」 「ちょっとよくわかんないから、月血調べて?」 「調べなくても、吸血鬼ならば月血ぐらい知っているでしょ!? 伝説の人間の血ですよ! 一滴血を飲むだけで、忽ち魔界の吸血鬼の様な強靭な肉体が手に入り、二滴飲めば己の力を突き破り、三滴飲めば……」 「あっ。思い出した。昔話に出てくる奴ね。はー? そんな魔法みたいな事夢見てんの? あのおじいちゃん。ヤバいね。ゲームと現実の区別つかなくなっちゃってるじゃん」 「お兄さん、本当に存在しないの? その、月血って奴」 「んー。知らないかな。私は見た事ないし、興味もないしね。メイディリアは見たことある?」 「いえ。そもそも実在するには随分と無理のある設定ですし。僕もヘム様と同じで御伽噺だと思っていますよ。信じてるのは子供ぐらいだと思っていました」 「いや、子供だってもう少し現実見るでしょ?」  本当にあのジジイ、メルヘンジジイだったんだ……。 「……」 「リリさん、どうったの?」  ふと、前を向くと真剣な顔で考え事をしている様なリリさんが見える。  何かあったんかな? 「いや。チェスタロスって何処かで聞いた覚えがあるんだが……。いかんな。弱い奴はどうしても皆同じに見えてくる」  リリさんは深いため息を吐くが、言ってることはエゲツないんだよな。 「ブレスレットにいたリリさんは、知ってるみたいだったよ?」 「三百年ぐらいの私が? 三百年前……。ああ。ヘムとつるんでた頃だな。あの時は……あ、思い出した。自分の事を我々とか我等とか複数形にして言うジジイだ」 「あー。そうそう」 「彼は自分の意思を、僕達吸血鬼一同が同じである様に捉える方でしたからね。そういう意味で自分を複数人の様に呼んでるんですよ、あの老人は」 「俺、普通に複数人いんのかと思ってた。あ、メリさん初めまして。俺、ハチです」 「……はじめまして」  あ。これは……。  歓迎されてない感じかー。  お兄さんとリリさんが例外なだけで、普通はこうでしょ。 「悪いな、ハチ君。メリは照れてる様だ」 「はぁ!? 人間如きに照れてませんけど!? 何を突然仰るんですか!?」 「あー、リリさん。俺は平気よ。突然人間が馴れ馴れしく話しかけて来たら嫌って吸血鬼もいるっしょ?」  わざわざそれに傷つく事もお互いないし。 「メリより大人じゃないか?」 「煩いですよっ!」 「ねー。皆ここに住むのー? 早く出ようよー」 「一番子供な奴がなんか言ってるな」 「住むわけないでしょ!?」 「お兄さーん、待ってー!」  それにさ。  今は他にやらなきゃいけない事、沢山あるしね。  ここで傷ついてたら、体もたないよ。 「うわぁ。部屋荒らされてるねぇー。掃除する?」 「しなくていいよ。ここには戻らんから。新しい部屋探すまではホテルで暮らすよ。はい、服。私の服だから大きいと思うけど、我慢して。後、取り敢えず、外歩くから首輪も取って?」 「首輪取って良いの?」 「外出るからね」 「てっきり、首輪つけてその先にリード付けてるんだと思ってた」 「んー。多分それ、お兄さん色々とヤバい人になっちゃう案件かなぁー? そんな事しないから。はい、早く着替える着替える」 「ワン」  あ、マジで服でかい。 「やっぱ、デカいね。袖捲る?」 「ん。あのさ、絵本持っていって良い? 一冊だけでも良いから。青虫のやつ」 「新しいの買うから置いていっていいよ?」 「違う違う。俺の質問は持っていっていい? だよ」 「じゃあ、はっきりと言うけどダメ。どこに影が媚びりついてるかわかんないからね。置いていって」 「……はーい」  あっさり理由、言われてしまった。  お兄さんの事だから、のらりくらり躱すかなって思ってたけど。これは、ちょっと期待かな。 「ヘム様、タクシー来ましたよ。ご準備できましたか?」 「タクシー? え? 何で?」 「何でって、距離あるからだよ? 歩くの? 結構かかるよ?」 「いや、飛んでかんのかなって」  影の中で滅茶苦茶飛んでたじゃんね? そもそも、吸血鬼だし。わざわざタクシー呼ぶ必要あんの? 「飛ばないよ? 今、昼間だしね? 普通に写真撮られちゃうよ?」 「え? 夜なんだって勝手に思ってた。昼なん?」 「三ヶ月ぐらい閉じ込めてからねぇ。時間感覚無いでしょ?」 「三ヶ月も俺、この部屋でお兄さんと過ごしてたん? あはは。人と一緒に同じ部屋で生活するの人生初なんだけど。新記録だわ」 「はいはい、無駄話はそこまで。リリ様が待ってますよ」 「あっ、はーい」 「じゃ、行こうか」 「んっ。いってきまーすっ!」  あの日、座敷牢から逃げ出した夜が漸く明けた気がする。  長くて暗い、あの夜から。 「何この部屋っ! すごっ! 物いっぱいある! これ、何!? レンジ!?」 「……」 「窓でかっ! 初めてこんなデカい窓見るっ! 見て! 俺よりデカい! お兄さんよりも! 凄くない!?」 「ハチがはしゃぐ度に、あの部屋に閉じ込めてた罪悪感が湧いてくる……」 「いや、犬として飼ってた事にもう少し罪悪感湧きなよ」  お兄さん、ちょっと面倒臭いね。 「でも、リリさんもメリさんも入ればよかったのにね」 「リリは仕事があるし、メリもその付き添いがあるからね。それに、あの女はこの程度でそんなに可愛く騒がないから」 「ふーん? そう言うもんなの?」 「そうなの。それより、ハチ。私に色々聞きたいことがあるんしゃないの?」  お兄さんがベッドに座って、俺を見る。  うん。そうだね。もう、いいかな。 「……うん。まず、お兄さん吸血鬼なのに陽の光浴びて良いの?」 「そこー? 今の時代、陽の光に弱い旧型吸血鬼探す方が難しいよ? 時代と共に、この世界に適応してくからね。吸血鬼も」 「……本当に吸血鬼、なんだよね? 何で、いつもは目が黒いの?」 「吸血鬼って隠してるから。吸血鬼の本性が出てこない限り、目は赤くならないよ」 「何で人間になりたいの?」 「吸血鬼、飽きちゃったの。吸血鬼って、不便でさ。簡単に死ねないんだよ。自分の意思ではどうしようもないし、それに加えて私は強すぎるからね? 誰も倒してくれないから。人間はいいよね。弱くて終わりがある。私は、それが羨ましいの」 「日本に来たのは、人間になる為だっけ?」 「この国には、喰べる事に特化した神様がいるんだ。私が吸血鬼である事を、代償を払えば食べてくれる。そんな神様がいるんだよ。ま、噂だけど」 「噂なん!?」  結構、ふわってしてんね!? 「噂だけど、本当なんだよ。人間になった吸血鬼に会ったことがあるからね」 「その人、知り合い?」 「うん。嫌な奴だけど、強くて、仲は良かったと思うよ。でも、もう三百年ぐらい前の話だけど」  じゃ、もうその人は……。 「ねぇ、何でお兄さん俺なんて拾ったん?」 「それ、説明した事ない? 犬飼う練習って」 「……餌じゃないの? 血とか、飲むつもりだったんじゃないの?」  別にそれならそれでもいいし。  はっきりと教えてほしい。 「血? ハチの? 無いよ。本当に、最初は単純に犬を飼うことへの興味だし。血なんて、わざわざ飼って吸う事ないし。ハチは自分のこと、餌だと思ったの? 私が吸血鬼って聞いて」 「少しだけ……」 「無いよ。ハチは餌じゃない。私は、ハチの事を餌だと思いたくないから、ハチが作った料理も食べない様にしてたし、結構気を遣ってたんだからね?」 「……料理関係あるの?」 「あるよー。ハチ、うっかり手を切って料理に血が入ったら、私絶対目が赤くなるからね? 吸血鬼ってバレちゃうし、気を使うよ?」  あ、あれ、そういう意味なん!? 「……あはははっ!」  馬鹿みたいだに落ち込んで引きずってたのに。 「え? 笑う? 何で!?」 「いや、俺さ、結構あれ、傷付いてたんだよね。何で一緒に飯食ってくれないのか、理由わかんなくて、俺とは嫌なのかなって……」 「え!? そんなこと考えて悩んでたの!? 可愛いっ!」 「可愛いっ!? 正気かっ!? てか、こっちはマジで悩んでたんだけど!?」 「ごめんね。だってさ、私、君に吸血鬼って知られたく無かったんだよ。ハチはいつでも、私の事を人間だと思って接してくれたでしょ? 心配したり、怒ってくれたり、そう言うの、私ね、凄く嬉しかったんだよ?」 「そう、なん?」 「うん。そんな奴、周りには誰もいなかったしね」  吸血鬼。  吸血鬼の王。  ただの単語の羅列なのに。そのせいで、お兄さんは孤独だったのかもしれない。 「だからね、手放すのは嫌だったの。吸血鬼ってバレてハチも周りみたいに私の事を吸血鬼の王扱いされるの、凄く怖くて。だから、嘘ついてた。ハチには、人間だってずっと思ってて欲しかったんだ」  そう言って、お兄さんは俺の頬を撫ぜる。 「ハチの隣、居心地良くてさ。私の隣に立つ奴なんて、戦う時ぐらいしかいなくてさ。別にそれでも平気だったし、何とも思わなかったんだけどね? でも、ハチの隣にいると、もう離れたくなくなるぐらい心が暖かくなるんだよ。これね、私、ハチの事が特別で好きだからって思ってるの」 「……何で、キスしたの?」 「……最低かもしれないけど、可愛いって思ったのが半分。傷付けてやりたいって思ったのが、半分かな?」 「え? それ、嫌いなんじゃないの?」 「そんな事ないよ。この子の中で、私はただの飼い主なんだって思ったら、傷付けて、刻みつけたくなった」 「でも、それは俺はお兄さんの犬だから仕方がないでしょ?」 「そうだよ? 犬としてのハチも可愛くて好き。でも、人としてのハチも、愛おしくてたまらないぐらい好きみたい」  お兄さんの唇が、俺の手に触れる。 「好きだよ、ハチ」  目が赤い。  何も隠してない、本当のお兄さんの言葉。 「ハチは?」 「え?」 「ハチは、私のこと好き?」  はは、お兄さん、少し眉が下がってる。ちょっと可愛いかも。  でも……。 「……んー。わからん!」 「……え?」  変な顔してんなぁ。  お兄さん、意外に表情豊かだよね? 「人好きになったことないし、そもそも、お兄さん好きになるタイミングなかった気がするし」 「嘘でしょ!? ここまで来て!? いい感じだったよね!? 私の全部、受け止めるんじゃなかったの!?」 「受け止めてるじゃん? 吸血鬼とか、全部。でも、好きなのは別でしょ? 初めて聞いたし」 「戦ってた時に言わなかった!?」 「あれは、まあ、犬としてかな? ぐらいだと思ってたから」  てか、急に好きとか言われてもね?  実感もないし、正直なんとも思わないし。 「私、かっこいいよ!?」  「そうだね。でも、好きとかと関係なくない?」 「お金沢山持ってるし、強いよ!?」 「うん。でも、それも関係ないよね?」 「じゃあ、どうすればいいの!?」 「え? んー。よく分かんないけど、俺を好きにさせればいいんじゃね?」  少なくとも、嫌いではないし。 「……それは、アリなんですか?」 「だから、何で突然敬語?」  どうした? 「好きとか本当によく分からんし。でも、キスされるの、嫌じゃなかったよ?」 「本当に?」 「うん。もっかいしてみる?」 「小悪魔じゃん。するけどさっ!」  お兄さんが唇が、俺の唇に重なった。  嫌じゃないって言うか……。  これは好きな方なのかもしれないってのは、まだ内緒にしておこうと思う。

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