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第19話
だだっ広い部屋だと言うのに、耳にはお互いの擦れた息と、ぴちゃりと鳴る唾液を擦り合わせる音しか聞こえない。
前と一緒で、唇を合わすだけのキスじゃない。
今回なんて、前回よりも無遠慮にお兄さんは俺の口の中へ入ってきた。
でも、それを拒絶する理由は未だに見つからない。
お兄さんの舌が、俺の舌の根を擦り絡みあう。いつもは氷かと思うお兄さんの冷たい体温が、絡みつく舌だけは溶けるほど熱かった。
甘噛みされる舌がじんわりと気持ちいい痛みを覚える。
食べられてるみたい。
少しだけ、お兄さんの餌になった気分。
そんなに美味しいなら、丸ごと食べればいいのに。
お兄さんになら、食べられてもいいかな。
頭のおかしな戯言が、不意に胸の奥から込み上げてくるのが可笑しくて、少し笑うとお兄さんは舌を出しまま口を離した。
混ざり合った唾液が糸を弾き、俺たち二人を繋いだまま。
「余裕あるじゃん?」
「え? めっちゃ息上がってるけど?」
キスの時の呼吸の仕方なんてよく分かんないもん。
「笑ったでしょ?」
「えへへ。何か、お兄さんとキスすると変な気持ちになるのが可笑しくてさ」
餌の事は言わないでおこう。
凄く気にしてたし、それに俺だって悪い気はしないのだから。
「ハチ、笑うと可愛いね」
「そう? 男だし、普通だと思うけど?」
「世界一可愛いよ」
「それは流石になくない? 盛りすぎだって」
「本当に可愛い。キスする時の顔も可愛い。もっと可愛い顔みたいな」
「えー。自分じゃわからんし、どうしようもなくない?」
「大丈夫。私が手を貸してあげるよ。ほら、もう一回キスしよ。おいで?」
「ん……」
飼い主に呼ばれて行かん犬なんておらんでしょ?
次は俺から。
唇がまた触れ合う。
お兄さんの舌、やっぱり気持ちいいかも。
何か、今回優しいし。
こっちのキスも好きかも。
でも、物足りなくなって来てお兄さんの舌に吸いついていると、不意に腹に冷たい指先が触れてくる。
「んっ!」
びっくりして声をあげようとすれば、お兄さんの唇が悲鳴を吸い上げた。
冷たい指は、どんどん服の中に入ってきて俺の体を弄ってくる。
擽ったいけど、少しだけ気持ち良い。
腹を通り過ぎた指は、胸を弄り始める。
優しく掴んでは、離して。
俺、男だしおっぱいないのにね。絶対楽しくないと思うんだけどな?
でも、お兄さんの好きにして欲しい。
胸の突起を掴まれると、ゾワりと背中がピンと伸びる。嫌じゃないんだけど、擽ったいし、何かゾワゾワするんだもん。
お兄さんは俺の反応が楽しいのか、少し引っ張ってみたり、抓ってみたりと遊んでくる。
段々と痛くなって、その奥に少しの快楽を感じ始めてる自分に気づくのに、それほど時間はかからなかった。
「んぁっ!」
いつのまにかお兄さんの唇が外れ、声が漏れる。
チリチリする痛みが下は下へ快楽に変わるのが自分でもわかるのだ。
「お兄さんっ、なんか、俺、おか、しいっ」
お兄さんは俺の言葉に返事なんて返してくれなくて、俺の服を捲し上げて唇を胸に押し付けてくる。
え?
何?
赤ちゃん?
ぼんやりした頭で、お兄さんの顔を触ろうとすると……。
唇を押し当てられた胸の突起にむず痒い痛みが走る。
「あうっ! あっ! やぁっ」
噛まれた?
でも、そんな事はどうでもいい。何これ。身体が跳ねる。
怖い。けど、もっと欲しい。
「んんっ!」
よく分かんないけど、股がムズムズする。
何これ。わかんないけど。
けど、やっぱりもっと欲しいよ。
ぎゅっとお兄さんの頭を抱きかかえようとした手が、不意に止められるお兄さんがゆっくりと顔を上げる。
その顔は、何か凄く困っているようで情けない顔だった。
「……どしたの?」
何で、急に止まったの? 俺、何かした?
「あ、いや……。このまま進むと、止まれなくなると思って……」
お兄さんが視線を逸らしながら口を開く。
え? 何? めっちゃ声ちっちゃ!
「止まれなくなるって、どうなるの?」
「どうなるって……、その、このまま進むとですね、えっと……、私がハチの事を多分無茶苦茶に抱いちゃうんですよ……」
「ふーん?」
抱くって、あれでしょ?
「ハチ、嫌でしょ? ダメでしょ? やめておいた方がいいでしょ?」
「お兄さんは、嫌なん?」
「嫌なわけないだろ!? 寧ろ、止めた私を滅茶苦茶褒めてよ!? 全身全霊でしたいに決まってるでしょ!? でも、大切にしたいし、ハチだって最初は怖いと思うし……」
お兄さんは必死に俺の手を握って目を背ける。
ん? 何で?
別に抱くだけでしょ?
「え? 別に、俺はいいけど?」
そんな気にする事なん?
「……私が言えた事じゃないけど、もっと自分の体大切にしてくれる!?」
「マジで情緒不安定すぎん? お兄さんが、したいって言ってきたのに、なんなん?」
「でも、色々あるでしょ!? 抱くってわかってる!? ぎゅってするだけじゃないんですよ!?」
「分かってるよ? そんなに文句言うなら、やめとく?」
「それとこれとは話が別だろ!」
「マジで情緒不安定じゃん……」
だから、どっちなん?
「止まったてくれたし、ちょうど良いね。俺、用意してこようか? 一回、した事あるし。分かるよ?」
「はぁ!? ちょっと待って!? 何で!?」
え? 突然の何ギレ?
「……ハチ、まさか……、処女じゃないの?」
「処女? 何それ?」
テレビで中々聴かない単語は、俺全然知らんよ?
「えー……、抱かれるのが初めてじゃないって事!」
「いや、初めて初めて。そんな、あるわけ無いでしょ? 俺座敷牢に産まれてこの方居たんだよ? 出来なくない? まー、一回順番回ってきたんだけどさ」
「どう言う事?」
「んー。女の子は、単価が安くて費用もそれなりに掛かるからって、準備教えられる時に聞いた事ある。だからね、めっちゃお金払ってくれる信者がもっと厄を払いたいって時には、俺たち男兄弟の身体を渡すんだよ。最近ずっと、三つ上の隣の兄貴がやってたんだけどさ、兄貴、ちょっと可笑しくなっちゃったみたいで、俺の番が回ってきたんだ」
「それって……」
「用意して、めっちゃ良い布の服着て、おっさんが入って来てさ、俺の身体触ったんだよね。だから俺、思いっきり殴ったんだよ。近くにあった何か液とか入ってるペットボトルみたいな奴で。で、倒れたおっさんが持ってた金掴んで逃げたの。その後、すぐお兄さんに拾ってもらったんだよね。だから、準備はしたことあっても、やった事はないよ? だから、初めて。えっと、じょ……じょ? なんだっけ?」
「処女?」
「そっ! 処女って奴だよ、俺」
俺が笑うと、お兄さんはふにゃふにゃと俺に抱きつく。
「良かった。世界滅ぼうかと思った……」
「何で!? 突然すぎん!? 突然人類滅ぶん!?」
「もう、人類滅亡案件だよ、それ」
「俺のケツで!? ヤバいじゃん!?」
「そ、ヤバかったの。偉いね。ハチ、世界救ったね。良く、逃げてくれて、本当良かった。有難うっ!」
「痛い、痛いって!」
ははは。逃げて、有難うだって。
そんな事、一生言われる事ないと思ってた!
面白いのっ!
「でも、本当にいいの? 殴って逃げ出したぐらい、嫌じゃないの?」
「んー。それは俺も良く分からんけど、お兄さんならいいかなって思ってさ」
俺はお兄さんから体を離して顔を見る。
「何でだろうね?」
知らんけど。
俺の番が来ると分かったあの日の絶望はまだ覚えてる。けど、お兄さんなら、絶望の先がある気がしたんだ。
お兄さんは俺の言葉に目を丸くすると、すぐにニヤって笑って頬にキスをしてくた。
「ハチ、知らないの? それを愛と人間は呼ぶんだよっ!」
そうなん? 俺、人間だけど、それは知らんかったかな。
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