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第9話 晴空がいれば

 次の日。学校を休んで寝てた。そんなに眠くもないけど動く気力はなく、音楽を聴く気も起きない、本は読めそうな気もするけど、本を取りに行く行為自体が面倒くさい。  ボーっと手持ちぶさたに昨日の夜の出来事、晴空との夜の会話を反芻してベッドの中で過ごすだけだった。誰もいない家の中。家族は自分達の日常、仕事だの学校生活を送っている。  僕だけベッドの中。社会から取り残されたような気持ちになる。焦りはないけど、この世に本当に他の人間は存在してるのか。実はこの世は僕だけなんじゃないか。僕がボーっとしてる間に世界中のあらゆる人間は滅びたんじゃないか。変な妄想が頭を過る。  きっと下に降りてテレビを点ければ、平日昼間の番組で人の存在は確認できるんだろう。それをしないのは、この妄想が気に入ったから。  人類が滅びて、僕と晴空だけだったら、僕は晴空を好きな気持ちを誰にも隠す必要がないんだ。なかなかいい世界じゃないか。都合の良い僕の妄想は、人類が滅んでいたとしても、晴空は生きていて、学校が終わったよとこの部屋に普通に帰ってくるのだ。都合の良い妄想だが、所詮妄想は都合の良いものだ。 病気がちな僕は、小さな頃から空想癖のある子供だった。僕が飛ぶことが出来たら空の雲が食べられるのかな。  あの子の後ろにはいつも、死んだはずのおばぁちゃんがいてくれてるんだね。そんな小さな子供が考えるような他愛もないことを空想することが多かった記憶がある。  今回のは違う。僕と晴空2人だけの世界だったら。僕は何者の目も気にすることなく、「晴空が好きだよ」と大っぴらに言えるのだ。双子なんて事はすっかり忘れて、アダムとイヴのように二人だけで楽しく暮らす。  子供は産めないから僕らだけで終わる、滅びに向かうしかない世界。すっかりその妄想が気に入った僕は、ずっとニヤニヤしてご機嫌だったらしい。晴空が帰ってきた音も、話しかけてくる声も気づかなかった。 「ぎ…、凪ってば、凪!」 「うわぁ!」 こちらからしたら急に目の前に顔が現れたという感覚。晴空からしたら、玄関を開けてからずっと呼んでる弟の返事がないから心配になって、声をかけながらとうとう顔を覗きこむ位置まで来てしまったというだけの現実。 「おか、えり。学校は?」 「寝惚けてんの?まだお昼だよ。凪の昨日の様子変だったからお昼前に仮病使って帰ってきちった」  イェーイと調子良くピースまでして見せる晴空。 「えぇぇぇ…大丈夫?」 「弟の風邪移りました~ってね。どうだ、嬉しいだろお兄ちゃんが帰ってきて」 「やめてよ~」 うりゃうりゃって犬をわしゃわしゃ撫でるように髪をぐちゃぐちゃにされる。今日寝っぱなしだから元々ぐちゃぐちゃか。 「もう!風邪ひいて寝込んでる弟にこんな事していいの?!」 「昨日より熱下がったし元気出てきたろ。スッキリした顔つきしてんもん。どれ?」 おでことおでこを合わせて熱を確認。子ども扱い、甘やかされてるみたいで嬉しい。 「下がったかな?中学入ってから忙しくなって、なかなかこんな風に2人でいられなかったね」 「そうだな。具合良くなってきたなら、ゲームでもするか」 「うん、ゲームくらい出来そうだし、少し弱ってるくらいで晴空には負けないからね」  僕が勉強の他に晴空に勝てること。テレビゲーム。マ○オの協力プレイで、協力なのに味方のキノピオを動かしてる晴空に攻撃してみたりして。午後は目一杯2人で遊んだ。  学校休んで、片方は早退してきて不謹慎だって思うかもしれないけど、たまには日常を離れてこんな時間もいいよね。帰ってきたお母さんにはほんの少しだけ叱られたけれど、心のなかでは舌を出しちゃうくらいで、悪いなんて思えず、楽しかった。やっぱり晴空がいれぼ僕の小さな世界は満員になるんだ。

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