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第38話 本土へ

 船に乗っても落ち着かずウロウロと発情期の熊のように歩き回る僕を見かねて、貴峰さんに座らされた。  島の方からは微かに煙が見える。爆発から火事になったんだろうか。みんな無事かな…。  美智さん、お母さんの双子の妹。それから図書室で出会って話すようになったお姉さん、おばぁ様、みんなどうしただろう。  好んで来たわけじゃなかったけれど、同級生と関わらなくて良いここの環境は、思い返してみると案外悪いものじゃなかった。一族全体は狂っていると思ったけれど、1人1人見てみるとそうでもない、普通の人達だったと思う。  一個人は普通なのに、全体になると狂っている印象になる現象…おそらく、代々そうしてきたから、と、疑問や反対意見を持ちながらも逆らえず同じことを繰り返していた人たちもいるんだろう。  そして晴空。今はどこで何をしてるの。追われてるのならそれはそれで不安だろうし、間違って殺してしまったなら、、想像がつかない。とにかく今は一刻も早く、僕が警察より先に晴空を見つけたい。 「落ち着かないよな」 貴峰さんが隣に座ってきた。   「俺も落ち着かないのは同じだから、気分転換になるかは分からないけど、少し昔話でもしてやろうか。多少俺の推測も込みの昔話だよ」  貴峰さんは僕たち視える一族の話を始めた。  俺が産まれたのは、あの島だった。  産まれてすぐに視える兆しがあった俺は重宝がられた。俺の面倒をみる年上の者たちがいたから、両親は俺を置いて役所に出生届けを出し、その帰りに少しのドライブをしたらしいんだ。  この島は山もあったから、山の天気は変わりやすかった。急な雷雨で地面が滑り、両親が乗ってた車はスリップし、崖から落ちて二人とも即死だったらしい。まぬけだよな。  出産して間もないんだから、早く赤ん坊の所に帰れば良かったのに、産むまで悪阻が酷くてどこにも行けなくなってた妻優先してドライブ行った挙げ句がこれだよ。  だから俺は親の顔なんて知らない。写真で見た事がある程度だったから、面倒見てくれる大人たちはいるものの、家族ってのが分からなかった。    親戚ばかりの島だから、俺を育てる人には困らなかった。親の愛情は知らなかったけど、視える俺は、普通に大事に育てられ大きくなっていったんだ。  そんな子供の頃…何歳頃かは覚えてないんだけどな、そんな時出会ったのが、智恵さんと美智さんの双子だった。4つ年上なだけのあの二人と俺はすぐに仲良くなった。二人は弟の面倒見るような感じで、俺がいけない事をすると、遠慮なく叱ってくれた。家族は分からないけど、姉弟ってこんな感じなのかなって思ったんだ。  しばらくすると美智さんは修行が忙しくなって、遊べない日が増えてきた。俺も、たまに泉に行くようになってた。  智恵さんは完全に劣勢だったから、本家の家事を手伝ったりして、俺が修行を終えると行くのは決まって智恵さんの所になってた。そんな俺と智恵さんの間に現れたのが崇さんだった。島には本家だけでなく沢山個人宅があっただろ。崇さんの一家はそっちに住んでたんだ。智恵さんの従兄弟のはずなのに変だよな、その時は感じなかったけれど。  二人が惹かれあったのは早かったんじゃないかな。いつの間にか二人だけで会ってる事が多くなったんだ。俺と三人の時もあったけれど、二人でいる時間の方が長いんじゃないかって気づいたのは、泉で修行してる時にいずとみぃが言ってたからだよ。何となくそんな気はしてたんだ。 (あの二人また来てるよ)   (仲良しだねぇ)  (ラブラブって言うらしいよ) (ラブラブ~)  俺は少しだけ複雑な気分にもなった。智恵さんと先に仲良かったのは俺の方だったから。でも崇さんも嫌いじゃなかったから、見てるうちに、二人が想いあってる姿が好きになったんだ。  そんな時だった。完全に劣勢だった智恵さんに初めて客がつくって話がきたのは。どうやら処女好きなおっさんらしく、美智さんに占ってもらった時に見た目が気に入り、美智さんは巫女だから手が出せないと知ると、双子の姉がいるならそちらの処女をもらおうって話になったらしい。  美智さんが崇さんに泣きついてたのは今でも覚えてる。二人は相談して相談して、この島を逃げようって結論に達したんだ。で、二人だけじゃなく、貴峰も一緒に行こうと。  俺は本当に嬉しかった。もう家族も同然だから置いていけないって言われたあの時は本当に、生きてた中で一番嬉しい瞬間だったと思う。  でも脱走の当日、思ったんだ。本土に行ったらまだ未成年の崇さんは働いて俺と智恵さんと暮らさなきゃならない。ここなら豊富に金があったけど、一から住むとこ探して、二人養うって、とんでもなく大変な事だよな…って。  二人が大好きだからこそ、二人で幸せになってもらいたかった。だから、俺は船着き場までは一緒に行き、乗ったけれど船が動く直前で飛び降りて二人と別れたんだ。 「崇峰…なんで……」っていつまでもこっちを見てた智恵さんの顔は未だに覚えてるよ。  お前、本当にお母さん似だよ。

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