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第39話 貴嶺の本心

 船が揺れる。  船はこれでも現在最大速度らしいので、僕が船上で焦っても仕方ないと貴嶺さんに言われた。言ってる事は分かるけれど、気持ちは焦る。  早く僕の育った街、晴空がいるだろう街についてほしい。視える力があっても船を早くする事が出来ないないて、一体なんの為の力なんだ。緊急事態なんだから、持ってる力以上のものが出せるはずじゃないのか、僕の読んできた少年漫画はそんな展開があったはずだ。  お父さんとお母さんも島から出る時乗ったんだろう船。僕は本土に帰る、親は本家からの家出であり駆け落ち、そう考えると不思議な気持ちになった。島に向かった時も今も平常心ではなく、切羽詰まっていて気を張ってる状態だから船酔いしないのだろうか。僕は昔から車酔いもする方だった。熱を出しがちな僕が元気で、父親も休みな日はドライブに連れていってもらった。街中ならそんなでもなかったが、少し田舎道、山道だと途端に気分が悪くなり、吐かないとダメだった。  そんな具合が悪い時、いつも晴空は手を繋いでいてくれた。運転席の父親、助手席の母親、その後ろに自分と運転席後ろの晴空。それが定位置だった。  右手に感じる晴空の体温は酷く落ち着くもので、一回吐いて吐き気が治まっても、ずっとずっと手を繋いでいた。  いつしかそれが普通になり、車に乗ると手を繋ぐようになった。小学校低学年ではまだ繋いで一緒に歌ってたのを覚えている。いつから繋がなくなったんだろう。    陸地はまだ見えてこない。  外に出ていた貴嶺さんが戻ってきてまた話し出した。    そんなわけで島に残った俺だったんだけどさ、どうしてもあの一族の在り方が好きじゃなくてな、あそこで言いなりになりながら仕事をしながらずっと考えてたんだ。  ここをぶっ壊してやろうって。  夜の仕事があるだろ?あの夜の仕事で自分の味方になってくれそうな人を見つける所から始めたんだ。  ヤッてる最中の言葉なんて当てにならない。「今日は少し話をしませんか?」で、応じてくれた人が俺の今のパトロンてわけ。  政治家秘書をしてて忙しいんだけど、俺が本土に移住出来るように色々と相談にのってくれてな。  実はもうあっちに住む所はあるんだ。で、最後にいっちょ大きな花火でも打ち上げてやろうと思って図書室の近くにこっこり爆薬と打ち上げ花火を隠しといた。さっきの凪の力が暴走して爆発したやつな。  でもな、実際はあと3年早く行動に移す気だったんだ。そろそろ決行だと思ってたところに、視えなくなってたはずのばぁさんが、『視えた……智恵の所の双子に力を持つ者がいるはすだ』って急に言い出すもんだから、俺が迎えに行く羽目になったってわけだよ。  そっから今まで、お前と本土に行く事を考えてきた。ある程度お前も信用されなきゃならないから、時間が必要だったし、盗聴器だの仕掛けてあったら最悪だからお前に俺の計画話せなかったしな。  話を聞くうちに、貴嶺さんもずっと苦しんできたんだろう事が分かった。あの島で、あの一族の中で、貴嶺さんは1人で闘ってきたんだ…。  凪、ここからは憶測なんだけどな、智恵さんて、いつも大事にしてるネックレスとかなんかあるか?ばぁさんはさ、智恵さんが駆け落ちする前に力をほとんど無くしてんだよ。もしかして、智恵さんが逃げようとしてるのに気づいて、自分の力を封じ込めた守りとなるような何かを智恵さんに渡したんじゃないかって思ったんだ。ばぁさんの力はそれだけ強大だったはずなのに、ある日呆気なく、力が無くなったから引退するって言い出したんだよ。  智恵さんに自分の力を込めたモノを守りとして持たせた。そう考えると辻褄が合うんだよ。劣勢同士だった智恵さんと崇さん一家が今まで霊的なモノに狙われず、無事でいたことが。  今回、晴空も高校生になって、行動範囲が広がり、守りの範囲から出て行動してたのかもしれない…。霊的なナニカに目をつけられて、最終的に殺しという結果になったのかも。  お前から聞いてた晴空は、殺しなんてするタイプじゃねぇから、それなら納得行くと思ってな。  凪にこれまでの状況から俺が思っていた事を話したらスッキリした。1人で抱えて考えてたのは案外しんどかったんだ。  でもこれだけは絶対に言わない。凪のことを聞きつけ、可愛い男の子、しかも力を持った子のアナル処女を貰おうかと訪ねてきた妖怪じじぃどもの相手を俺がしてたってことは。これは地獄にまでも内緒にして持っていく話だ。

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