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第40話 さ迷う晴空

 気付いた時には永遠さんの首を絞めていた。力を緩めたくても緩めると逆に襲われるんじゃないかって怖くて出来なくて、永遠さんの舌が出てきて目はどこを見てるか分からなくなって、それでも両手が永遠さんの首から離れなくて、叫んでるうちに永遠さんの体から力が無くなったのを感じた。  永遠さんから力が抜けてもなお手を離せなくて、指を一本ずつ、片手ずつ外していくのに時間が必要だった。  首を絞める前に何か言われた気がするんだけど思い出せない。断片的に、乗り移るだの他の容れ物だの聞き慣れない言葉だけを覚えてる。それが何を意味するのかなんて今となってはどうでもいい。永遠さんは死んでしまった。殺してしまったんだ。       もう凪に合わせる顔がないという気持ちと、最後に一目会いたいという気持ちが交差する。    どうしようか、家に帰っても両親の迷惑になるだろう。警察?嫌だ、怖い。永遠さんの中身が人間じゃなかったなんて言っても絶対に信じてもらえないし、頭がおかしくなったと精神科に連れていかれるのかもしれない。自分でも信じられないくらいなんだから他人が信じてくれるわけがない。でも確かに永遠さんの目が赤くなって、永遠さんはもういないような意味の事を言ったんだ。多分殺らなきゃ殺られてたんだ。俺は悪くない。けど誰も信じてくれない。凪なら信じてくれるかもしれない。    俺は凪が好きな癖に凪の代わりに永遠さんを抱いてた。そんな汚い身体では凪に会えない。  永遠さんのアパートからふらふらと何処に行こうか迷いながら歩いていると街中では何度も通行人にぶつかった。怖いお兄さんに怒鳴られもした。「すみません」と謝ったつもりだが口は正常に動いていたのか分からない。「気をつけろよ!」とお決まりの言葉を吐き捨てて去っていくのに笑いそうになった。こんな状況でも人って笑えるもんなんだな。  家には帰れない。ふらりと泊まらせてくれるのが永遠さんちだったのに。同級生のとこなんて行って迷惑かけるわけにもいかない。凪の居場所も分からない。  もう終わりだな。凪の居場所が分かろうと会わせる顔はないもんな。何もなかったフリが出来る性格でもないし。  行き先が決まった。昔から嗅ぎなれた潮の香りの、海に還ろう。  自宅から海岸に出られる場所までは子供の足でも15分もあれば簡単に着いた。そこから船着き場も近いし、反対側に行けば高台になっている崖もある。永遠さんちから歓楽街を抜け、高校がある地区を歩き、自宅がある方へ。  知った道のはずなのに何度も何度も迷路のようにごちゃごちゃに歩いた。足が疲れてきて、中1で部活に入ったばかりの頃を思い出した。懐かしいな、凪がまだいた頃の学校生活。1人ぼっちの凪を見て、可哀想だなって気持ちと、凪は俺のだからこのまま誰も話しかけんなよっていう醜い独占欲も持っていた。凪、凪、今どうしてる?そっちは少しは楽しい事はあるか?髪は好きに伸ばしてるんだろ?見たかったな。身長は、俺と同じに成長してたら170㎝まであと少しだな。  日が暮れてきた。もうくたびれたよ。高台までの階段て、こんな長かったかな。階段を上る死刑囚みたいだ。笑える。  さぁ、海に還ろう。暗くなった海へ、怖さはもちろんあったけれど、凪に幻滅される、両親を人殺しの親にする、そちらの方がずっと怖い。見晴台の柵を助走をつけて乗り越え、そのままの勢いで海に向かって跳んだ。  ーーーさよなら凪。       

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