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ベッテ(3)

 簡素な部屋に入ると、三人の男の人が立ったまま話をしていた。アマンダは「ちょうどよかった」と言って、彼らと短い会話を交わし、手紙を託した。  それから簡単にフランを紹介する。 「ラーゲルレーヴ公爵のところにいるフランよ」  フランがお辞儀をすると「ああ」とか「例の……」とか言って頷く。 「よろしくな」  年齢も身分もまちまちに見える男の人たちが、それぞれフランに右手を差しだした。どの人もにこにこと笑っている。けれど、ドキドキしながら握手を交わすと、彼らはすぐに部屋を出ていってしまった。  アマンダは奥の扉を開けて、その向こうにいる人に何か言った。若い女の人が顔を覗かせ、フランを見て頷く。目が合うと、その人もにこりとフランに笑いかけてきた。フランはどぎまぎしながら会釈を返した。 「じゃあ、行きましょうか」 「え、もういいの?」  アマンダは「用が済んだら、長居は無用」と言って笑った。 「フランを迷子になんかしたら、ラーゲルレーヴ公爵に怒られるけど、もし万が一、エルサラで何かあった時は、この宿に来て私の名前を言ってね。今、会った人たちが、フランのことをわかってるから」  この宿の人たちはみんな仲間だから、宿の場所と名前を覚えておくようにと言われる。  けれど、外に出て周囲を見回したフランは、ここがどこなのか、全然わからなかった。 「王都で育ったって聞いたけど」 「屋敷の外に出たことがなくて……」  アマンダは「そうだったの」と頷き、「なんていう名前の家で働いてたんだっけ」と聞いた。 「マットソンさん……」  宿の表に回ったアマンダは、正面扉の前にいた人にマットソンの店の場所を聞いた。 「そんなに遠くないから、ちょっと行ってみましょうか」  馬には乗らずに、ゆっくりと歩いて街を通り抜ける。何本か並んだ大通りの一番外れの寂れたところにマットソンの店はあった。思ったより小さな店でちょっと驚く。 「金物屋さんていうより、なんでも屋さんて感じね」  ゴチャゴチャした店先には雑多な商品が並んでいる。店の入り口には「マットソン商会」と書かれた看板が掲げられているが、その文字は剥げかけていて、読みにくかった。 「レムナで会った時は、もっと羽振りがよさそうに見えたけど……」  アマンダも怪訝そうに眉を寄せている。 「きっと、使用人を騙して、ろくに給金を払わないで働かせてるのね」  典型的な悪徳商人に違いないと言って、嫌そうな顔をした。  店の裏手を覗いたアマンダが、屋敷はこことは別の場所にあるようだと言う。フランも周囲の様子に見覚えがなかった。 「フランのいた屋敷はどこなのかしら」 「確か、お隣に教会が……」  フランが言いかけた時、裏口から小柄な女性が出てきた。 「あ……」  黒いメイド服と一つに編んだだけの茶色のおさげ髪が、日差しの下でやけにみすぼらしく見えた。フランはなぜかドキドキしてしまい、どこか恐れるような気持ちでその人の名を呼んだ。 「ベッテ……?」 「え……?」  振り向いたベッテは、不思議そうにフランとアマンダを見た。 「あの……?」 「ベッテ、僕……。フラン……」 「え? フラン……?」  ふわふわした金色の髪にさっと視線が走る。刺繍と宝石で飾られた青くて艶のある服に目を見開き、少しだけ肉のついた頬と、急に伸びた背丈に何度も瞬きをして、驚いたような顔で口をぽかんと開けた。 「フラン? 本当に、フランなの?」  もう一度、金色の髪を見て「フランなの?」と繰り返す。 「うん」 「ああ、フラン……!」  駆け寄り、フランの身体に手を伸ばしかけ、ベッテははっとしたように動きを止めた。立派な服に触れるのを躊躇うように指を曲げ、握った拳を自分の胸に引きよせる。  グレーの瞳に涙がキラリと光った。 「フラン……、あんた、無事だったのね……」

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