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光の神子(1)
その夜、ヘーグマン邸の客用寝室の立派なベッドの中で、フランはステファンのシャツ三枚と銀色のシャベルを抱きしめて、ぎゅっと目を閉じていた。
夜明けとともにレンナルトに送られてレムナに向かい、レムナからはアマンダの仲間が馬車で王都まで連れてきてくれた。半日余りの距離を休みなく進んで、王都のヘーグマン邸に着いてからはフレドリカやノイマン夫人の話を聞き、それから手紙を書いて、アマンダと一緒にエルサラの街へ行って、ベッテに会った……。
たった一日の間にそれだけのことをしたのだ。とても疲れているはずなのに、フランはなかなか眠ることができなかった。
(ベッテは、いつまでマットソンさんのところにいるのかな……)
ボーデン王国の成人は十六歳だ。今年の秋祭りが来れば、フランも十六歳になり、大人の仲間入りをする。男でも女でも、十六歳を過ぎれば結婚することができる。冬に生まれたフランは本当ならもう十六になっているはずだけれど、文字が読めて、生まれた日の記録がはっきり残っている貴族や大商人の子ども以外は、まとめて秋祭りに年を取るのが決まりになっていた。
貴族でも平民でも、十六を過ぎると、二十歳くらいまでの間に身を固める者が多いと聞いた。フランのまわりにはなぜか独身の人が揃っているけれど、考えてみればベッテはもうお嫁に行っていい年頃なのだ。フランが心配するようなことではないかもしれないけれど、どうしても「いつまで?」と気になってしまう。いつまでマットソンのところで働かなければいけないのか。
フランが屋敷にいた頃、誰かがベッテをからかっていた。フランを見て「ヒートはまだか」と蔑むような口調で聞いてくる大人たちが、ベッテにも何か言っていたのだ。急がないと嫁の貰い手がなくなるとか、そんな感じのことを……。
以前のフランは、それを聞いても何かを考える余裕がなかった。けれど、今は気になる。ベッテは、どんな約束でマットソンのところに来て、いつになったら自由になれるのだろうか……。
(ステファン……)
こんな時、いつもならステファンに聞くのに……。貧乏な家の子どもが奉公に出される時、文字がわからなかったら、どんなふうに約束を交わすのか。その約束が守られているかどうか、どうやって確かめるのか……。
『フラン、おまえはどう思う?』
考えてみろと優しく笑って、フランの答えを待ってくれる黒い瞳が瞼に浮かぶ。フランはとたんにステファンの全部が恋しくなった。
(ステファン、はやく迎えに来て……)
まだ、たったの一日だとわかっている。それでも、フランはもう、ステファンのところに帰りたくて仕方ない。
(ずっと、そばにいろって言ったのに……)
何があっても離れないと、離れてはいけないのだと思っていた。なのに……。
「ステファン……」
声に出して名前を呼ぶと、よけいに寂しくなった。シャツの匂いを嗅いで、シャベルをぎゅっと握りしめる。もっとたくさん、ステファンの匂いがしたり、ステファンを思い出したりするものを集めなくては。ベッドのまわりにステファンのものをたくさん並べて、安心できる場所を作らなくてはいけない。焦燥に似た気持ちで、そう考える。
ステファンのものに囲まれて眠りたい。山のようなシャツや上着に埋もれる自分を想像して、フランはくんくんとシャツの匂いを嗅ぎ続けた。
(ステファン……)
巣作りはオメガの本能だということを、この時のフランは知らなかった。けれど、レンナルトはそのことをちゃんと知っていて、洗濯前のシャツを三枚持たせてくれたのだった。後になってそれを聞いたフランは、ただただ感謝するしかなかった。ステファンと離れていることが不安でたまらなかった。それでもシャツがあることでだいぶ気持ちが落ち着いたからだ。
目を閉じて、どこか必死にステファンの匂いを嗅いでいるうちに、フランはようやくうとうとと浅い眠りに落ちていった。
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