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光の神子(2)

 アマンダが書いた手紙は三通あった。一通はカルネウスに宛てたもので、残りの二通はステファンとレンホルム家の二番目の兄に宛てたものだ。仲間が直接運ぶので、王都にいるカルネウスとアマンダの兄にはその日のうちに届くだろうということだった。  ステファンに宛てたものも翌日の朝にはレムナに届く。レムナの闇医者に預ければ、夜にはステファンが取りに来るはずで、フランの手紙も一緒に運んでもらったから、一週間もすれば返事が来るのではないかとアマンダは言った。 「一週間……」  フランは視線を落とした。  ヘーグマン邸にはどのくらい滞在することになるのだろう。石が何も教えなかったとしても、ステファンには王の信頼を取り戻す方法がわかっているのだろうか。敵がフランを探しに来る前に、迎えに来てくれるだろうか……。  いつまでと期間がわからないまま待っているのは、不安で寂しい。以前のフランなら、どこに連れていかれてもそこでやっていくしかないと思えたのに、いったいいつからこんなふうに身勝手な不満を持つようになってしまったのだろう。  ステファンの言いつけに、嫌だと首を振って……。 「フラン?」  アマンダに呼ばれて顔を上げる。朝食の席に着くために階下に移動しているところだった。長い廊下の先のゆるやかにカーブする階段を降りながら「僕、今日もアマンダたちと一緒に食べるの?」とフランは聞いた。 「そうよ。嫌なの?」  嫌なわけではないけれど、と口の中で呟いて首を振る。  フランは昨夜、アマンダやフレデリカたちと一緒にメインダイニングで食事を取った。けれど、フランは平民の生まれで、それもマットソン家の使用人の子として生まれた本当に貧しい身分の出身で、本当ならアマンダたちと一緒に食事をするのはおかしいような気がするのだ。フレデリカは、フランはステファンのパートナーなのだから、ステファンと同じように扱われてもらわなければ困ると言うけれど、たくさんの侍女や侍従の世話を受けながら食事をするのは落ち着かなかった。  食堂に着いて、アマンダの隣に座らされ、かしこまった執事がサーブしてくれる皿の料理に目を落とす。形の美しい卵料理も白いパンもスープも、どれもとても美味しそうだ。食事のマナーはステファンとレンナルトが教えてくれて、今ではきちんと身に着いている。たから、もう心配はいらない。  なのに、フランはつい小さなため息を落としてしまった。 「どうかしたの?」  フレデリカとアマンダ、エミリアまで、一斉にフランを気遣う。フランは慌てて「なんでもないです」と首を振り、無理に微笑んでみせた。こんなによくしてもらっているのに、心配までかけては申し訳ない。  アマンダが「昨日の女中さんのことが心配?」と聞いた。 「え? ベッテ?」  なんだか彼女に会った後あたりから、元気がなくなったように見えると言う。 「彼女、言うと思う? マットソンという男に……。店の前でフランに会ったこと」 「あ。それは、大丈夫……」  フランはきっぱりと首を振った。  よほどのことがない限り、ベッテはフランの頼みを無下にしたりしない。よほどのこととは、よほどのことだ。ベッテ自身がひどい罰を受けるようなこと。ベッテのほうから言い出さない限り、何も知らないマットソンが問い詰めることはないだろうから、その点は心配していない。  でも……。 「ベッテは、いつまであの屋敷にいなきゃいけないのかなと、思って……」  あのままマットソンのところにいたのでは、ベッテはお嫁に行き損ねてしまうのではないか。それが心配なのだと口にした。 「僕が何か言うようなことじゃないけど……」  ただのお節介だ。  けれど、今のフランはボーデン王国の社会の仕組みについて、おおよその知識がある。女の人が結婚しないで生きていくのは、とても大変なのだ。  都市部でも農村部でも、店や田畑や家などの財産は男の人が管理しているし、役人や店の偉い人のような、給金がよくて安定した仕事に就くのもベータかアルファの男の人ばかり。お嫁に行けば全部よくなるわけではないけれど、少なくとも今のままでは、ベッテの将来に明るい見通しは立たない気がする。  フレデリカが「そのベッテという子は、いくつなの?」と聞いた。 「たぶん、今度の秋祭りが来ると、二十二歳になるはずです」 「そう……」  心配そうな顔で頷くフレデリカの隣と向かい側の席で、エミリアとアマンダがスッと明後日の方向に視線を逸らした。 「別に、何も言ってませんよ」  フレデリカがエミリアをチラリと見る。その視線を避けて、エミリアはアマンダを見た。  目が合うと、二人は同時にかすかな苦笑いを浮かべた。

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