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光の神子(4)

「本を、書いてるんですか?」 「ええ。フランと同じで、私も本を読むのが大好きだったのよ」  エミリアは優しい笑みをフランに向けた。  六歳から十二歳までの六年間を黒の離宮で過ごしたエミリアにとって、本は大切な友だちだった。四つ離れたステファンとレンナルトでは遊び相手にならないことも多かったけれど、本があれば少しも寂しくなかったのだと笑う。 「それで、いつの間にか、自分でも書くようになって……。今は『光の神子』を題材にしたお話を中心に書いてるの」  エミリアが手前の書棚に載っていた絵本を一冊フランに手渡した。多色刷りの美しくて立派な絵本だ。金色の髪の少年がまっすぐこちらを見ている絵が描かれていた。 「この絵も、エミリアが?」  隣から本を覗き込んで、アマンダが聞く。エミリアはにこりと笑って頷いた。 「すごい……」  感心して目を見開くフランに「よかったら、どうぞ」とエミリアは言った。フランが驚いていると、何冊か同じものがあるので一冊フランにくれると言う。さらに、他の本もいくつか選び出して最初の本の上に重ねた。  慌ててお礼を言うフランに、エミリアは「光の神子のことは、今まであまり書かれてこなかったの」と話し始めた。  神話物語や子ども向けの本の中には、ボーデン王国のはじまりを扱ったものが多い。けれど、そのほとんどが現在の王家の祖となったアンブロシウスを主人公にしたもので、彼を助けて魔族の力を封じた光の神子についての物語は驚くほど少なかった。  そこで、エミリアは彼を主役にした物語を書き始めた。  古い文献や資料を集め、光の神子がどのように現れアンブロシウスに手を貸したのか、その後彼はどうなったのかを調べて物語にしていったのだという。 「光の神子は、王になるべき者を選ぶために神がこの世に遣わしたとも言われているの。そういう意味では、魔族でありながら人のために戦ったアンブロシウスに手を貸したことは理解できるし、アンブロシウスが王になるのも自然だけど……」  それほどの働きをしながら、光の神子はその後あまり登場しない。クリストフェルという名が王族に引き継がれているくらいだ。  エミリアはその理由を考えた。そして、クリストフェルという少年がとても貧しい身分の生まれだったことや、魔族に支配されながらも人の世にはすでに身分や貧富の差が存在していたことを知り、そのせいもあって、当時の記録から意図的に排除されたのかもしれないと思い至ったという。  そして、調べれば調べるほど、彼がなぜそのような身分に生まれたのか、むしろ、そこにこそ意味があるのかもしれないと思うようになった。 「高いところから支配するだけでは決して見ることない景色を、光の神子であるクリストフェルは見ていたのね。そのことに意味があるように思って、彼の生涯を物語にすることに決めたんだけど……」  書き始めてからしばらく経った頃、さらに古く珍しい資料を調べている時に、記録が少ないことにはもう一つの理由があることに気づいたという。 「クリストフェルが起こした奇跡は、たった一度だけだったの……。少なくとも他の奇跡については何も書かれていない。私もその一度の奇跡をお話の真ん中に置いてるんだけど……」 「それって、王家誕生の物語にも出てくる、なんらかの神器に魔力を封じたっていう?」  アマンダの問いにエミリアは頷く。アマンダはやや興奮気味に続けた。 「それじゃあ、その神器がどんなものだったかもわかったの? どこかに書いて……」 「それについて語ることは許されない」 「え?」 「神器について、唯一見つかった記録には『それについて語ることは許されない』って書いてあったの。神は魔族を愛さなかった。けれど、人間を愛しているわけでもない。よいものかどうか試しておられる。その最初の試しとして、神器の名前も姿かたちも語ってはならないと命じたとか……」  だから、神器が何なのか、どんなものなのか、どこにも書かれていないし誰も知らない。誰かがその言いつけを破ったり、別のことで神が人を見限った時は、封じた魔力が解き放たれる。 「光の神子について書くことは、その点にも触れやすくなるでしょ。もしかすると、そのせいであまり書かれてこなかったかも。だから、私も慎重に物語を書かないと……」  きちんと調べ、嘘のないように。表情を引き締めて、エミリアは頷いた。  過去には神器が何かを突き止めて研究しようとしたり、どこか遠い場所に捨ててしまおうとしたり、時代によってさまざまな試みがあったとも話してくれた。結局のところ、どの試みも失敗に終わったという。人の力でどうこうできるものではなかったのだ。 「神器を扱えるのは、光の神子だけなのよ」

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