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猛獣使い(1)

 嵐のように現れた『(カレッジ)』創設以来の悪童は、嵐のような宣言を放ち、呆然とするレジナルドにかまわず一方的に再訪を約束すると、嵐のように去っていた。  それが昨日の早朝。  そして一方的な約束通り、ジェイムズは再びザ・ジャロルズに現れた。ホテルに勤める自分には自由になる時間が少なく、また職場で会うのは何かと不都合なので、予定を確認した上で別の場所で会おうとレジナルドは提案したのだが。 (やはり人の話を聞いていなかったか…)  ため息しか出てこない彼の行動様式はいまだ健在、それに慣れ対等に渡り合っていた自分もまた健在なようで、脱力しつつもこの事態を予測していた自分に楽しかった学生時代を思い出し、レジナルドは何となく温かい気持ちになる。彼の親友にして悪友、悪戯の良き相棒だったアルバート・シェリングフォードは同じフラットの下階に住むご近所さんだそうで、再訪時には首に輪を掛けてでも連れて来て過去の不始末を詫びさせてやる、とジェイムズが偉そうに予告した時には、さすがに堪えきれず吹き出してしまった。  だから今日、突如現れた身なりも見映えも最上級の青年貴族二人が、超弩級の綺羅綺羅しいオーラを撒き散らしてザ・ジャロルズの豪奢な玄関ホールを制圧し、 「さあ監督生(プリフェクト)、君が懐かしがっていたもう一人の悪童を連れて来たぞ」 「やあ監督生、君がこんなに近いところで働いているなんて悪友の戯言かと思ったが、麗しの尊顔を再び拝めて眼福の極みだ」 と宣った時には、多少の頭痛を感じこそすれ驚きもしなかったのだが。 「…エリィ…」  アルバートの後ろに控える旧知の姿を認め、レジナルドは一瞬言葉を失った。  大学時代、空いた時間に短期の従僕(ヴァレット)として働いていた先で出会った、年下の友人。  まだあどけなさの残る少年だったにもかかわらず、当時から一流の執事(バトラー)にも引けを取らない技術と品格を備えていたエリオット・グレイは、従僕とホテルマン、職種は違えども顧客に満足を提供するという点で立場を同じくする者として、かけがえのない友人であり規範でもあった。 「御主人様が旧い御友人にお会いになるとのことで、何故かわたしもお供するように言われたのですが…あなたのことでしたか、レジィ」  感じの良い笑顔で親しげに声を掛けてくるエリオットに、何故か主人であるアルバートの顔が強張る。不審に思いながらも気づかぬふりで、レジナルドはにこやかに返した。 「アルバートが大変有能な従僕を持ったという話は昨日ジェイムズから聞いていたし、君からもロンドンで職を得たという報せはもらっていたけれど、こんな偶然があるんだね。なるほどエリィなら、この上なく有能で頼りになるだろう、アルバート?」 「まったく仰せの通りだ、監督生。しかし君と君の呼ぶところの『エリィ』の関係に、私は大いに関心があるんだが」 「嫉妬に狂った見苦しい男に賛同するのは業腹だが、私も大変に興味があるな、監督生」 (嫉妬に狂った見苦しい男って…)  推測するだけでもため息が出るが、察するにアルバートはエリオットに恋情を抱いており、恐らくその恋は成就していないのだろう。不自由な寄宿生活の弊害で、ウィズリー(カレッジ)に限らずパブリックスクールの卒業生にはその道を嗜む者も多い。問題児であると同時に人気者でもあったアルバートとジェイムズも、学生時代、それなりに羽目を外していたように記憶している。監督生をよろず相談窓口と勘違いしている者もいたようで、何度か彼らの名前の絡んだ恋愛相談を持ち込まれたこともあったのだ。  人様の恋愛模様に興味も偏見もないが、弟のようにも思っているエリオットの相手として要らぬ嫌疑を掛けられ、旧友の悋気の対象となるのはくれぐれもご免こうむりたい。  一歩も引かぬ構えでフロントカウンターに立ちはだかるアルバートと、それに便乗するジェイムズ。中味はともかく外見は高級ホテルの上客に相応しい立派な紳士で、対するレジナルドはその従業員だ。周囲には他の客もおり、どうやってこの場をザ・ジャロルズの品格を損なわないように収めるか忙しく考えを巡らせるレジナルドに、 「僭越ではございますが、御主人様」  計ったようなタイミングで救いの手は伸ばされた。 「今こちらでお話をされますと、マーシャル様のお仕事に差し支えるかと存じます」  冷たさの一歩手前の無表情、内包する感情を全く窺わせない声音。  レジナルドの友人からアルバートの従僕へ、『私』から『公』へ、漂わせる雰囲気すら切り替えるエリオットは、誇りを持って己の職務を遂行する見事なまでの完璧主義者だった。 「(わたくし)がマーシャル様の御都合をお伺いしますので、御二人は喫茶室で午後のお茶を楽しまれるのがよろしいかと。ご案内いたします、どうぞこちらへ」  淀みなく、押し付けがましいでもなく、しかし有無を言わせぬ調子で問題児二人を引っ立て連行する後ろ姿に、レジナルドは確かに後光を見た。一種の感動を覚えながら小声で礼を投げる。 「ありがとうエリィ、恩に着るよ」  有能の上にも有能で、さらには若く見映えもいいエリオットが従僕として食いっぱぐれることは万が一にもないだろうが、もしそうなったとしても、稀有な特殊技能を持つ彼の未来はそう悲観的なものではないかもしれない。彼の第二の人生は、従僕として勤めていた時と同様に安泰だろう。  ーーもちろん猛獣使いとして。

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