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誤解※

 ゆるゆると口内を探る気配がある。  覚醒には程遠い夢見心地で、梟はぼんやり思った。  こんな労わるようにやさしい口づけをするのは、椿しかいない。酔って眠り込んだ梟に酒の残る舌を差し入れ、穏やかに舌と舌を絡めながら覚醒を促すのは。  そう確信していたから呟いた。もう起きるから、と。それでも口内を舐め回す感覚は退いていかない。 「ぅん……椿……ぃっ?」  掠れた問い掛けは、噛みつくような口づけに遮られた。 「最初は忘却、今度は娼館の主と勘違いか。いい加減、私という人間を覚えてほしいものだな」 「…蜻蛉?」  半覚醒でぼんやりと見上げた先に、獰猛に光る双眸が浮かび上がる。寝台に横たわる梟に乗り上げた男は、ゆるめられていた梟の夜着の合わせに手を掛け、乱暴な仕草で左右に開いた。 「そうだ、蜻蛉という仮の名しか持たない男だ。ちょうどいい機会だから教えてやろう。貴様に敗れて青龍の座を追われ、騎士の名も失ったみじめな男はこの私だ。私からすべてを奪い貶めた相手に存在すら忘れられ、今こうして復讐の機会を得た男が私だ」  悪霊の呪いだ、感覚が麻痺している。  けれど鼓膜でわんわんと過剰に響く不自然な声は、梟の体を這い回る手が蜻蛉のものだと告げている。力の入らない体は、復讐に燃える男の格好の生贄にすぎず、男が隠し持っていた負の感情の海に突き落とされ、溺れるしかない。  幾度記憶を探っても、かつて『四神の近衛』と称される帝国最強の騎士の一人と、剣を交えた覚えはなかった。しかし蜻蛉の言うことが本当なら、過去に手合わせした騎士の一人が青龍で、そうとは知らずに退けていたのだろう。梟には、お付き武官として帝都に駐留していた時に挑まれた騎士の一人に過ぎないが、敗れた方にとって、帝国騎士最高の栄誉である『四神の近衛』の任を解かれ、なおかつ己を下した相手にその事実すら覚えられていないとしたら、その屈辱は計り知れないものだろう。  そこまでは、梟にも推し量ることができる。  しかし、その屈辱を晴らすためにこの身を捕らえ、蓋をするように熱い唇を重ねて厚い舌で口腔を舐めまわし、唾液を喉奥に送り込み、吐息すら奪うこの行為に何の意味があるのか。  苦しさのあまり、生理的な涙がにじむ。それに気づくと、蜻蛉はようやく唇を離し、眦にたまった涙を舐め取った。揶揄するように唇の端を引き上げ、毒をはらんだ眼差しで嗤う。 「存外かわいいな、娼館の犬が。それともこれも、男を手玉に取る手管の一つか?」 「何の、こと……いっ!」  突然右の胸の突起を手心なく捻られ、鋭い痛みに言葉が喉に絡まった。 「ああっ……!」  蜻蛉が、左の乳首に吸い付く。熱い口内に包まれ、鋭い舌先で乳首を転がされる。女性と違い何の役割も持たない男の乳首を執拗に舐め転がし、きつく吸い上げては時に軽く歯を立てる。その鋭い感触に食いちぎられる恐怖がこみ上げたが、不意に飽きたように解放され、ほっと息をついた途端にまた咥えられて嬲られる。左胸にぬめぬめと舌を使われ、右胸を揉むように撫でまわされ、梟の悲鳴を引き出すために、引きちぎる勢いで乳首を捻り上げられる。  悪霊は背中の傷に執着しているようで、胸や腹を触れられたことはなかった。しかし今、不埒な指と唇が這い回り、梟からあえかな吐息を奪いながら淫靡な痕を点々と残していく。制止の言葉も懇願も悲鳴も、蜻蛉の耳に届くことはない。  ニヵ月を共に過ごし、多少気を許せる間柄になったと思っていたのは梟だけで、蜻蛉にとっては、かつての神聖騎士を油断させるための周到な罠だったのだろう。本来の職務があるはずなのに、日に一度は梟の前に顔を出し、他愛のない話をし、何くれと帝都での生活の面倒を見ていたのも、すべてはこの日のため。より深く梟を傷つけるための、残酷な策略だった。  それほどまでに蜻蛉は、神聖騎士ユリウスを、その成れの果ての梟を、傷つけ貶めたいのだ。  男がもたらした衝撃的な事実、自由にならないもどかしい体に、梟の瞳にさきほどとは違う涙が浮かぶ。それすらも自分のものだと言いたげに唇を押し当てて吸い上げ、仰向けの生贄を散々味わった男は、乱暴に梟の体を返すとその腰を高く掲げた。 「いやあぁぁっ、う……うぅ……くうっ!」  誰にも触れられたことのない奥まったところに、固い何かを無理矢理捩じ込まれ、梟の喉から鋭い悲鳴が迸る。体内を探られる強烈な異物感に吐き気を覚え、息が詰まった。しかし傍若無人に抜き差しするその動きが止まることはなく、奥へ奥へと突き込まれ、時にぐるりと内襞をなぞられる。  自分ですら触れることのない体の中を、思うさま嬲られる異様な感覚に総毛立った。苦痛を逃すように押し出される呻き声を止められない。 「ああぅっ、あっ、あっ、あっ……いやぁっ!」  ガチガチに竦む体に構わず、容赦なく次の何か――おそらく指が捩じ込まれた。二本、三本と増えるそれに容赦なく押し入られ奥を抉られ、嫌悪感にどっと涙が溢れる。 「痛、いっ……蜻蛉、やめっ、も、許して……っ」  あまりのつらさに冷汗が肌を濡らすが、梟の悲痛な懇願に愉悦を見出す男が、復讐の手綱をゆるめるはずもない。乱暴に指を引き抜くと、十分にほぐれたとはいえないそこに、怒りでそそり立った自身を一気に捩じ込んだ。 「ひあああぁぁぁぁっ!!」  長く尾を引く哀切な調子を帯びた悲鳴が、闇に沈む室内に響き渡った。  熱く硬い凶器に深々と貫かれたそこがびしっとひび割れるような衝撃に、梟の体が硬直する。実際、酷い仕打ちに脆い粘膜が裂けたらしく、体を支配する灼熱が乱暴に半ばまで引き出された途端、あたりに血の匂いが漂った。 「力を抜け!もっと酷い目に遭いたいのか」  荒い息を吐きながらの恫喝に震え上がる。これ以上何かされたら、壊れてしまう。体が二つに裂けてしまう!  しかし恐慌状態に陥った梟は、未知の状況下の凶行に強張る体を制御する術を持たなかった。 「で、きな……っ」  満足に呼吸もできない状態で、梟は懸命に訴えた。 「どう、やって……わから、なっ……」 「…何?」 「体……言うこと、きかない……助け……っ!」 「貴様…まさか初めてなのか」  ぎりぎりと手荒く腰を掴んでいた男の手から、尻肉に爪が食い込むような冷たい力が抜けた。寝台に力なく突っ伏し、ただただ苦痛に耐え青白い頬を涙で濡らす梟に、背後の怒りの気配も消える。固い怒張を飲み込ませたまま、蜻蛉は囁くように訊ねた。 「三年も娼館で飼われて、店の主の愛人だったと…単なる噂だったのか」  もう言葉を紡ぐこともつらく、子供のように弱々しく首を振る梟の怠惰を、しかし男は許さなかった。背後から覆い被さる姿勢で、耳朶を口に含みながら冷酷に促す。 「答えろ、さもないと」 「ひいぃぃ!……や、やめ、……ああぁっ!!」  ずん、と奥まで突き上げられ、喉を突く悲鳴が敷布に散る。涙でぐしゃぐしゃの顔を敷布に押しつけたまま、梟はどうにか震える声を絞り出した。 「椿、こんなことしない……兄上みたい……やさしい、椿、助けて……っ」  椿の名を呼んだ途端、体内の男が荒々しく膨れ上がった。その凶暴さに裂けた内襞が痙攣し、梟の眦からまた一筋涙がすべり落ちる。 「あ、熱い……もう、やめ……助けて……!」 「貴様が救いを求める相手は、この私だ」  敷布に沈む梟の顎を掴み無理矢理振り向かせると、男は激痛に喘ぐ唇をねっとりと吸い上げた。そして耳の中に舌を入れて舐め回し、洗脳するように甘い毒を仕込んだ声で囁いた。 「覚えておけ、貴様を抱く腕は私のものだ。悪霊にも椿にも、誰にも渡さない――おまえは私のものだ」

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