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さらなる誤解(2)※

「いやあああぁぁっ!!」  二週間前、無慈悲に梟を引き裂いた灼熱の塊が、ようやく傷が癒えた内襞を擦り上げながらじりじりと侵入してくる。労わるようなやさしい愛撫に意に反して流されかけていた体が、あの夜を思い出し恐怖に引き攣った。  しかし慰撫する口づけに口腔から性感を追い上げられ、ひくりと力が抜けた隙を突いて奥まで押し入られた肉筒は、十分に濡れほぐれており、裂けることなくしっとりと男の硬い剛直を包み込む。 (あ、熱い……!)  自分の中に、もう一つ心臓があるようだ。どくどくと息づくそれは火傷するかのように熱く、太い幹に浮き出た筋すら柔な内襞を押し上げるようで、その威容に梟は怯えた。 「いや、怖いっ……もう、許して……抜いてっ!」 「怯えるな。…もう二度と、おまえを傷つけることはしない」  挿入の衝撃に力を失いつつある梟の雄芯を手の中で擦り立て、耳の中を舐めながら蜻蛉が囁く。  その言葉を証明するように、奥の深さを計った剛直は、梟の反応を見ながらゆっくりと動き始めた。形の良い耳を存分に舐め回し、満足した唇が、耳から顎、顎から首筋、首筋から胸元へと移動し、てらてらとぬめる軌跡を残して乳首に辿り着く。根元を唇できつく挟み込まれ、先端は舌先でくりくりと転がされ、畳みかけるように与えられる未知の感覚の鋭さに、梟はただ翻弄された。  焼き尽くされそうな熱さはある。秘処を押し広げられ、押し入られる圧迫感も。何の意味も持たない男の乳首を、嬲られ生じる焦燥も。  しかし前回のような身を裂く激痛も血の匂いもなく、代わりに痺れるようなあやうい感覚が、じわじわと梟を侵食していく。腹の奥が疼くようなそれは、梟を地べたに|額《ぬか》づかせ、泥のように手足にまといつき、のたうち回らせようとする。 「いや……いやだ……蜻蛉っ……こんなのは、だめだ……蜻蛉!」 「……そんなに可愛らしく名を呼ぶな。酷くしたくなる…っ」  唸るような男の声は、何かを堪えるように低い。  激しい呼吸に上下する梟の胸に、蜻蛉の汗が滴る。ただ梟を悦がらせ啼かせるために、初心な体に情欲と悦楽を刻み込むために、鋼の意志で抑えつけている内なる獣が咆哮しているかのようだ。  ゆるやかながらも、時に淫猥に腰を回し、深く浅く内襞を捏ね上げる蜻蛉の執拗な抽送に、梟の声音が変わっていく――惑乱の吐息から、淫らに甘い喘ぎへ。  胸の突起はどちらも蜻蛉の口淫の餌食になり、硬く立ち上がって震えている。びしょびしょの雄芯は再び芯を持ち、やさしく握られているだけで今にも弾けそうだ。溢れるほどに注がれた液体は潤滑の役目を果たし、淫らな肉筒は梟の快感を優先するようにゆるゆると擦り上げられ、身を震わせて反応を示した弱いところを狙い撃ちするかのように突き上げられた。  体はその行為をかつて感じたことのない悦楽と認め、呆気なく陥落した。 「あ、あん……あ、あ、……あぁ……ひあっ!」 「…はっ、腰が揺れているぞ。…そんなにここが快いか…?」 「違っ、……んん、あぁっ!」  押し上げるように突かれると、我慢がならない場所が肉筒の中にある。胡桃のようなそのしこりを硬い怒張が掠めるだけで、全身に震えが走り、だらしない嬌声を堪えられない。  自分の中には淫らな種が眠っており、目覚めれば根を伸ばし枝を伸ばして自身が支配されてしまう。貪欲に快楽を求めるそれに、意志を押しのけて体の制御すらも奪われてしまう。  初めて知る事実に、梟は慄然とした。  くくっと喉を鳴らすと、蜻蛉はそのいやらしい場所に剛直の先を押しつけ、ぐりぐりと抉るように突き上げた。そして、握り込んだ梟の雄芯を激しく扱き上げる。前と後ろに襲い掛かる過剰な愛撫に、梟はひとたまりもなく弾けた。 「ひああぁぁ!!……ああぁんっ……あぁ……はぅ……」  神聖騎士の名を捨てた後も、たまに椿に前を搾られる以外自らを慰めることをしなかった体が、性交による初めての激しい絶頂にわななく。熱い精液が管を焼くように迸り出る感覚に恐怖にも似た恍惚を感じ、梟はそんな自分の淫らさを恥じた。男に犯されて深い悦楽を得るなど、この体はどれほど罪深いのだろう。  しかし、それだけでは終わらなかった。きつく収縮し、咥え込んだ物を揉み立てる貪欲な肉筒を跳ね返すように、蜻蛉の怒張がぎちぎちと嵩を増し始めたのだ。 「…くっ、…達ったな。私も出すぞ…っ」  蜻蛉は梟の膝裏に手をかけ、いっそう高く腰を掲げると淫らな形に固定した。絶頂に乱れる梟の息が整う間もなく、肉筒のしこりで遊んでいた太い剛直で一気に貫き、奥の奥まで暴くような烈しい抽送を繰り返す。みちみちと内襞をさらに引き延ばすように狂暴に育っていく怒張に、思うさま中を突かれ、肉筒がその形に抉られるのをまざまざと感じ、梟は哀願の悲鳴を上げた。  他人の思うままに、体の中の形すら変えられていくのが、梟という人の形を歪められるようで、恐ろしくて仕方がない。 「……だめっ、もう、やめて、怖い、あ……あああっ!……あ、……っ!」  もちろん蜻蛉が、梟の快楽を煽る手をゆるめることはなかった。  一番奥を突かれるたびに、ぬちゅん、ぐちゅん、と熟れきった果実が潰れるような淫らな水音を立てて、注ぎ込まれた液体が蕾から溢れ飛び散った。焼きごてを押しつけられるような快楽が体を隅々まで支配し、蜻蛉の動きに力なく揺さぶられる爪先がくぅっと丸まる。  とどめを刺すように、どちゅんっと怒張の先端が最奥を突き抉った。 「あぁ、あああぁっ!!……あっ……ぁ……」  すべての神経を焼き切るような凄まじい刺激に、梟は呆気なく失神した。絶頂の衝撃で痺れたように感じやすくなっていた体に、一突き一突きが重く鋭い蜻蛉の追撃は耐えられなかったのだ。  蜻蛉も梟の中で果て、たっぷりと熱い劣情を注ぎ込んだが、身勝手に己の欲望を追うことはなく自身を引き抜いた。無理矢理引き出された快楽の余韻に喘ぐ梟の唇を塞ぎ、舌を絡ませて甘い吐息を味わうと、腕の中で果てた力ない体を抱き上げて浴室に運ぶ。途中で気がついた梟の弱々しい抵抗を難なく退け、慣れた手つきで自分が注ぎ込んだ精の後始末を済ませると、時折両の乳首を悪戯しながら梟の全身を洗い立てた。  下半身がだるく、時折あらぬところから走る鈍い痛みに顔から血が引くこと度々だったが、翌日動けないほどではなかった。  剣の鍛錬を再開し、鈍った体が元の調子を取り戻した今も、自分の置かれた状況に梟の気は晴れずいる。  二度目の強姦の後、悪霊の呪いから解放された梟は鋭く問い詰めた。どういうつもりか、と。  反対に態度を軟化させ、しきりに梟に触れようと手を伸ばしてくる男は、傲慢に言い返したものだ。 「おまえの罪状を読み上げてやろう。鮮やかな剣技と玲瓏たる美貌、それに素っ気ない態度で嵐のように人の心を奪っておきながら、つれなく姿を消す。三年間手を尽くしてようやく捜し出し待ちわびた再会では、残酷な忘却で男心を踏み躙り、以来数ヵ月行動をともにしても思い出すこともない。無防備で色っぽい寝姿に耐えかねて口づければ、腕の中で他の男の名を呼んだ」  不意打ち、拉致、脅迫、根拠なき誹謗中傷、強姦は、立派な――立派過ぎる犯罪だが、蜻蛉の弁によれば、神聖騎士の意識ある無関心と生来の鈍感の方がよほど重罪らしい。あまりの言い草に、開いた口が塞がらないとはこういうことかと身を以て思い知った。 「そんなおまえに、私の恋の逆恨みを責める権利など髪の一筋ほどもない。ようやく私の腕を覚え受け入れたおまえを、この腕に捕えて何が悪い」  わかったかと言わんばかりに、唇を奪われた。  青龍の座を追われたとはいえ、蜻蛉が今も皇帝に近いところにいるらしいことはその言動でわかる。自分の執着を国家権力を使って満たすために皇帝を唆し、神聖騎士の名を捨てた娼館の用心棒を自分の後釜に推挙したのではないかと、今になって疑う梟だ。  復讐を誓われ体を引き裂かれるほど憎まれていたのだと知った時、自分に非はなく仕方のないことと諦めても、悲しみが胸に満ちた。それなのに、それゆえに愛していると言われ男に男の体を求められては、思考の基本は神聖騎士のまま、花街の汚泥にも濁らなかった梟の理解の範囲を遥かに超えている。特にあの、蜻蛉に暴かれた快楽の種は、目覚めてしまえば手をつけられないだけに、封をして二度と触れたくないものだった。取り除けるものなら、取り除いてしまいたかった。  十歳までの自分を『すべて』と位置づけ、以来何があっても大したことではないと受け流してきた梟の静謐な世界に、蜻蛉は容赦なく侵入し混乱させる。  悪霊の呪いに囚われる夜の梟は、蜻蛉を拒めないし逃げられない。途切れ途切れの拒絶の言葉は、却って蜻蛉を煽り喜ばせる。昼の梟がどれほど言葉を尽くして否定しても、照れているだけと取り合わず、悪霊の呪いは愛撫を待ちわびる体の言い訳と解釈された。毎夜のように梟の部屋を訪れ、甘い睦言を囁きながら、蜻蛉は無抵抗の獲物に牙を立てるのだ。 (…どうしたら蜻蛉の思い込みを解けるんだ…?)  蜻蛉には何度も不意打ちで翻弄されているが、今回のこれは一番不可解だ。もっとも蜻蛉に言わせると、翻弄されているのは梟ではなく蜻蛉の方らしいのだが。

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