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躾(1)※

 首に縄を掛けられ、後ろ手に縛られ、梟は皇帝の前に引き据えられている。  二人の間には薄い紗の幕が掛かり、俗世で最も高位にある人物の姿は見えない。幕の向こうの気配は四つ。この国の主と、青龍を欠いた『四神の近衛』だろう。  御前試合で双方手加減なく力を尽くして戦い、僅差で梟が勝った。適当に手を抜いて勝ちを譲るのが得策だとわかっていたが、それは剣士として礼を失する行為だ。神聖騎士の名を捨てても、剣を取る者として最低限の矜持は捨てられない。  その場で判定役から差し出された近衛の礼装を断った途端、衛兵に捕えられ縄を掛けられ、梟は今、皇宮内の謁見の間に膝をついている。  皇帝アルフレート三世。  若いながらも、老獪な家臣団を掌握し自分の意志を通すことにためらわない、有能だが冷徹な人物と聞く。しかし昨夜蜻蛉からもたらされた事実は、教団内で囁かれていた評判よりも遥かに強く、梟の内で警鐘を鳴らしていた。 「二度までも我が最強の騎士を打ち負かし、それでも近衛の要、青龍となるのを拒むか」  穏やかな口調で、しかし氷の刃のように冷たい鋭さで、幕の奥から声が掛けられる。 「青龍を倒した三年前も、顔色一つ変えず勝利に湧き立つこともなく、謙虚な神聖騎士の顔の下で退屈そうにしておったな。三年前も今日も、あれほど激しく剣を交わし、皮一枚で相手の剣先から逃れるような緊迫した打ち合いを重ねながら、一瞬たりとも熱くなることはなかった」  思い掛けないことを指摘され、梟は相手の慧眼に息を呑んだ。  『すべて』を失った梟にとって、心を熱くするほど価値のあるものなど何もない。神聖騎士の無関心さで覆いをしていたその虚無を、まさか見抜かれていたとは。  咄嗟に動揺を押し隠したが、幕の向こうで空気が震える気配がする。  皇帝が、嗤っている。  この男は危険だ、何としても逃げなければ。  内心の焦燥を呑み込み、梟は冷静に返した。 「是非にと私をお望みになれば、それは御身の守りに花街の垢にまみれた賤しい者を召し抱えることになりましょう。神聖騎士の名を持つ者を金で買うのは至難の技ですが、少なくとも私を近衛にするより益は多いかと」 「神聖騎士ユリウスではない、と?」 「扇屋の梟、娼館の用心棒に過ぎぬ者です。どうかご容赦を」 「下手な言い逃れをしてまで余に逆らうか。――赦す、ならば娼館の犬として余に仕えよ」  到底受け入れ難い命令に思わず顔を上げた梟は、続く皇帝の言葉に凍りついた。 「一つ教えておこう。三年前、闇夜に神聖騎士ユリウスを斬ったのは――余だ」 (…な、に…?)  言葉を失った梟を嬲るように、皇帝のまわりの空気が薄い嗤いにさざめく。 「自分のものには所有の印をつけておきたいものだろう。そして印を刻んだなら、触れて確かめてみたくなる」  さやさやと幕の向こうで衣擦れの音がする。 (…何、故…私を…)  混乱の淵に叩き落とされた梟が身動ぎもできずにいる中、いくら待っても壇上の皇帝から続く言葉はない。何か言うべきなのに、その言葉が見つからず、しばらく沈黙がその場を支配した。  後ろでいきなり扉が開いた。 「…まさかこんなところで、こんな形でおまえに再会することになるとはね」  一切の表情を消し去った蜻蛉に続いて入室してきたのは、古ぼけた木箱を抱えた扇屋の主だった。 「椿!」 「まったくどういう因果かねえ。懐に入れて可愛がってきたおまえに、躾を入れることになろうとは」  やれやれと肩を竦めてみせる椿は、一体何を言っているのか。 「しつ、け?」 「帝都の貴人の想い人が大層な強情で、その躾をしてほしいと半ば無理矢理連れて来られたのさ。その貴人が皇帝陛下で、強情な想い人ってのがおまえだとは想像もしなかったけれども。やるねえ梟、さすがに大物釣りだ」  呑気な口調に一瞬気が抜けかけるが、その内容は耳を疑うものだ。しかしこの状況で椿が笑えない冗談を言うはずもなく、確かめようと蜻蛉を見ても、こちらを見ようとも目を合わせようともしない。 「お互い逃げられないことはわかっているだろう、観念してこちらにおいで。この椿が花街一の業師と呼ばれる所以を、その体に教えてあげよう」  花街一の業師――調教師の噂は、扇屋にいる時に聞いたことがあった。自分の身に降り掛かろうとしていることを理解し、咄嗟に逃げ場を求めて辺りを見回すが、椿の言う通り、逃げる余地などない。  幕の前に大きな円卓が置かれる。衛兵にその上に引きずり上げられ、押さえつけられた体から衣服が奪われる。屈辱に染まる白い裸身に慣れた手つきで革紐を巻きつけてあられもない形に固定する椿を、無駄な抵抗を繰り返しながら、梟は信じられない思いで見つめた。  ぎりぎりと肌に食い込む革紐は両足をこれ以上ないほどに開かせ、元々背後で縛められていた両手首は首に掛けられた縄と結ばれている。隠しようもなく露にされた恥ずかしい場所に木箱から取り出した軟膏を塗りつけると、椿は怯える梟の前で剃刀を閃かせた。 「つ…ばき…」  冷たい刃が秘処に当たる感触にぞっとしたが、下手に動けば体の中で一番脆い場所を傷つけられる。 「おまえを愛しく想って下さっている方に、可愛いところを全部見てもらうんだよ。――おや」  恐怖が梟から身動ぎすら奪い、椿は白い太股に手を掛けて淡々と淡い茂みを刈り取っていったが、前夜の交情で赤く綻んでいる蕾に気づき目を瞠った。  頑なにこちらを見ようとしない蜻蛉をちらりと一瞥し、幕の奥の気配を伺い、ふうんと小さく鼻を鳴らす。 (そういうことかい…とんだ迷惑もあったものさ)  後ろ手に縛られ開脚させられた不安定な状態で、梟の背中を円卓の天板に押しつけ、椿は無惨に茂みを失い可愛がられるためだけに存在するような秘処を、皇帝の幕に向けた。 「前も後ろも、これでよくご覧になれましょうか?」 「支障ない」  冷たく返された答えに、椿は『躾』を再開する。  こんな異常な状況でも、弱いところを知り尽くした椿の巧みな愛撫は瞬く間に梟を追い上げ、先端から先走りの蜜を溢れさせる。あと少しで弾けるところまで追い詰めておいて、椿はその根元を細い革紐でぎちぎちと幾重にも括った。  初めてされた残酷な仕打ちに、状況に理解が追いつかず逃れようと無駄な足掻きを繰り返していた梟は、ひっと喉を鳴らして涙が滲む瞳を椿に向けた。 「ど、してっ」 「言ったろう、これは躾なんだよ。おまえを甘やかしては意味がない。――この薔薇、一輪ちょうだいしても?」  蜻蛉に確認して壁際の花瓶から紅薔薇を一輪引き抜くと、椿は棘と葉を綺麗に削いでいく。そうして大輪の花だけをつけた薔薇の茎に、持参した木箱から取り出したとろみのある液体を丁寧にまぶすと、 「花は花茎に挿すのが一番美しいもの」  うそぶいて、痛々しく震える梟の花茎に手を添え、剥き出しの蜜口に挿し入れた。 「いやあぁぁぁあっ」  室内に悲痛な絶叫が響き渡る。  堰を切ったように溢れ出す涙に濡れる顔は色を失い、しかし梟の花茎は突然の弄虐に震えながらも、更に奥まで挿し入れられる薔薇の茎を従順に呑み込んだ。  白く震える足の狭間で熟れた花茎の先端に咲く大輪の紅薔薇――淫靡な艶景に、幕の向こうから満足そうな息が洩れる。 「いいかい、これからおまえの体は、おまえを愛する人のものだ。聞き分けがないようなら、ここをこうして――」 「ひいぃっ!やめてっ、動かさないで!」  自身の中をずるずると行き来し、時に回される薔薇の壮絶な刺激とおぞましさに、梟は身を絞るように哀願した。  けれど何よりもおぞましいのは、この異常な行為に悦ぶ罪深い体だ。その証拠に薔薇を咥えたそこは萎えることなく、根元を縛める革紐を嫌がるように身を震わせている。  蜻蛉に暴かれた肉筒の中の淫らな種、それ以外にも潜む種を芽吹かせ花咲かせ、主人の言いなりになる淫らな生き物に作り替えるのが、花街の業師だ。痛みは与えず快楽だけで梟を打ち据えるその手管に、一切のためらいはない。  椿は本気で、かつての神聖騎士を、扇屋の梟を、皇帝の寝所に侍る犬に仕立てようとしているのだ。 「ふふ、そんな可愛い顔をして…紅薔薇がよく似合っているよ。おまえがどれだけつらくてひどい目に遭わされているのか、それがどれほど凄まじく気持ちいいのか、その感じている顔をこちらの御仁に見せておやり」  顎を取られ、涙でぼやけた視界の中に、食い入るようにこちらを見ている蜻蛉が映る。先ほどまで頑なに視線を避けていたのに、他の男のために開かれ、他の男の手で恥辱と愉悦の極みに追いやられたいやらしい体を、突き刺さるような眼差しで見つめている。 (どうして…)  嵐のような熱情で梟の体を強引に奪い、何度退けても飽きることなくその腕に抱いて恋情を囁いてきた男が、何故目を逸らすことなくこの状況を味わっているのか。  幼い頃に肉親と引き離され、神殿に入ってからは厳しい戒律に縛られて育った梟に、深遠な人の情は――蜻蛉が自分に向ける狂おしいほどの情動は、今も理解できない。相互理解は遥かに遠く、それでも椿以外に、その存在に慣れる程度には心を開いた相手だった。  その男が今、睦言を囁いた唇を歪め、愛しいと抱き締めた者が他人の手で辱められている姿を、冷徹に観察している。  皇帝の執着も蜻蛉の思惑も、梟には理解できないし何の意味もない。どちらもただ梟を混乱させ、ズタズタに傷つけるだけだ。 「花茎は調った。次は花蕾と花筒だよ」  心は悲鳴を上げているのに体は狂おしく昂ぶったまま、梟は更なる恥辱に晒されようとしていた。

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