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告白(1)

 長く烈しい抽挿の果てに、蜻蛉が三度目の精を敏感な内襞に叩きつけ、ようやく許されて縛めを解かれ、薔薇を抜き取られた梟は、耐えに耐えた絶頂の凄まじさに、墜落するように気を失った。  その後のことは覚えていない。  気がついた時には、見知らぬ寝台の上に寝かされていた。豪奢な天蓋から下がるたっぷりとした幕に遮られ、部屋の様子は窺えない。状況を確かめようにも、不自然な姿勢で縛められたまま受け入れさせられた『躾』に、体の節々が痛み、指先一つ持ち上がらないほど消耗していた。  それでも肌に当たる敷布のさらりとした感触で、自分の体が洗い清められていることはわかった。荒淫に疼く蕾は湿り気を帯びてはいるものの、溢れるほど注ぎ込まれた蜻蛉の精が洩れる気配はない。おそらく誰かが指を入れ、中から掻き出し始末したのだろう。  それすらも気づかないほどの失神をもたらした深い絶頂と、そこに至るまでの狂気のような時間を思い出し、梟は身を震わせた。 (私は…皇帝の慰み者になるのしかないのか…?)  至聖神教は、神に対する冒涜として自殺を禁じている。それに何故か、皇帝は梟に執着している――闇夜に斬りつけ、自分の印を刻むほどに。逃れるために自害したら、憤った彼がどんな報復に出るかわからず、あの冷え冷えとした声音を思い出すと、誇りを守るために命を絶つこともできない。生家に――父と兄に迷惑を掛けることはできない、絶対に。  だからといって、これまでのように大したことではないと受け入れるには、椿から与えられた『躾』は苛烈すぎた。あんな目にこれからも遭うとしたら、悶える様を冷静な他人に見られるとしたら、そして心を引き裂くような交わりを強いられるなら、体は死なずとも、心は遠くない未来にきっと死ぬ。  心が壊れるその日まで、皇帝の執着の捌け口として生きなければならないのだろうか。  やるせなさに唇を噛み締めた時、厚い幕の向こうで人が動く気配がし、梟ははっと体を硬くした。 「気がついたか」  この剃刀のような声――皇帝だ。 「そのままでよい。…まあ、動こうにも動けまいが。花街一の業師の躾を受け、三度も男を呑み込んでなお、腰を振って悦がっておったな。なるほどそなたは、最早神聖騎士ユリウスではなく娼館の犬、扇屋の梟らしい」  あの異常な行為にも嬉々として快感を得ていた恥知らずな体を、冷たく揶揄するような口調で嬲られる。何か言わなければと思いながら、声も言葉も出てこない。喘ぎ、叫びすぎた喉は嗄れ、反駁するにも自分の繰り広げた浅ましい痴態には覚えがあるだけに、否定の言葉も無意味だ。  青ざめたまま黙り込み、それでも梟は何度も唾を飲み込んで、嗄れた喉をなだめた。  どうしても一つ、聞かなければならないことがある。  すべての始まりの発端、三年前の神聖騎士団との訣別、騎士の名を捨てることになった、斜め十字の傷痕の理由を。 「陛下は、何故私を」 「愛しい者を手許に留めるのに、理由がいるか」  どうにか絞り出した声は弱々しく掠れていたが、皇帝の耳に届いたらしい。彼の周囲で、可笑しそうに空気が揺れる。そのまま数歩移動する気配がし、瑠璃が触れ合う涼しげな音と、小さく水を注ぐ音が続いた。 「ならばこれまでの仕打ちに足る、そなたの罪状を読み上げてやろう。鮮やかな剣技と玲瓏たる美貌、それに素っ気ない態度で嵐のように人の心を奪っておきながら、つれなく姿を消す。三年間手を尽くしてようやく捜し出し待ちわびた再会では、残酷な忘却で男心を踏み躙り、以来数ヵ月行動をともにしても思い出すこともない。無防備で色っぽい寝姿に耐えかねて口づければ、腕の中で他の男の名を呼んだ」  神経を毛羽立たせていた梟の思考は、皇帝の答えに、束の間真っ白になった。 (…何、だって…?)  今、この耳は、何を聞いた?  梟を思考の空白に取り残し、皇帝の舌は滑らかだ。 「そもそも三年前、何度近衛入りを打診しても『神聖騎士には世辞も社交辞令も不要』と冷たく撥ねつけ、帝都での任期が終わるとさっさと聖市に戻ろうとした人の心のわからぬそなたに、余の恋の逆恨みを責める権利など髪の一筋ほどもない。ようやく余の腕を覚え受け入れたそなたを、この腕に捕えて何が悪い」  幕の向こう、寝台に横たわる梟が、絶句している。  その、形がよく胸におさめて眠るのにこの上ない頭の中が、今自分のことだけで占められていることに、蜻蛉という裏の名を持つ皇帝は、深い満足を覚えた。  皇位継承者としてすべてを与えられて育ち、しかしそれだけでは満足できなかった若き日。  近衛を身代わりに立てて仮の身分で得る自由と、幼い頃から鍛え上げた剣の腕で、帝国騎士最強の名声を手に入れた。『青龍』の座は、まぎれもなく実力で勝ち取ったものだ。皇位とは関係ない、一騎士として。  神童だ明君の器だと煩わしいだけの追従の及ばない称号は、皇位につき民を統べる者としてではなく、アルフレートという一個人として、ゆるぎない自信の礎となった。父帝の崩御に伴い即位し、日々政務に忙殺されたが、それでも青龍の座を保ち続けたのは、そこに自身の真価のようなものを見出していたからかもしれない。  常に覆面し、発声も禁じられ皇帝の身辺警護を務める『四神の近衛』の要。誰もその正体を知らない帝国最強騎士の称号が、皇帝となった今も自身に相応しいことは、次代が育っていないことも意味する。帝国騎士団を率いる身としてはいささか心許ない事実ではあったが、もし挑戦者が現れたら、全力で戦い死守するつもりでいた。  そんな折、蜻蛉として剣術の鍛錬に出掛けた兵舎で、ちょっとした騒ぎに遭遇した。帝都に駐留している至聖神教の大使付き武官を招き、模擬試合をするのだという。名高い神聖騎士の技量に興味を覚え、剣技場を覗いてみると、まず日を受けて白金に輝くものが目に入った。  まだ二十歳をいくつか越えたくらいの若者が、痩身に相応しい細身の剣を鞘に収めていた。使う剣と体格から、身軽さを武器とした俊敏な剣筋で、相手を翻弄する型なのだろうと推察できる。模擬試合とはいえ防具をつけていないのも、機動性重視のためだろう。日に晒され輝く白金の髪は、神聖騎士らしく膝裏まで届き、試合後にもかかわらず、一筋の乱れもなく編まれたままだ。彼自身が、抜身の業物のようだった。  その前で剣を取り落とし膝をつくのは、本部大隊でも三本の指に入る剣の使い手。敗北の屈辱に震える相手に丁寧に礼を取り、ざわつく他の騎士たちを鼻にもかけず踵を返すと、彼は白金の残像を残して足早にその場を立ち去った。  その姿は、遠目だったこともあり、ただただ高慢で生意気に映った。周囲の騎士たちも、帝国騎士団の面子にかけて雪辱を誓っていた。  生意気な若造の名は、神聖騎士ユリウス。大陸最強の名声を|恣《ほしいまま》にする、神聖騎士団の筆頭騎士だった。  そしてその若造は、青龍として挑んだこの国の皇帝にも、敗北と、それにも勝る屈辱を味わわせたのだ。 「冷酷に打ち負かし、足元に跪かせた余の顔をまさかにも忘れるだけでは飽き足らず、以降幾度足を運んでも素っ気ない。そなたは記憶にないと言うが、青龍として、余は度々神殿にそなたを訪ねておる。覆面せず顔を晒しておったのに、都度初めて会うような態度を取られるばかりで、傷心はいや増すばかり。どう思うか、この冷たくつれない不感症の想い人の、鞭打つような仕打ちを」 (不感症…)  目眩く弁舌に、さすがその舌一枚で国民を誑かす国の主と梟は呆れたが、今は呆けている場合ではない。  ゆったりとした歩調で足音が近づき、ばさりと重い幕がかき上げられる。突然差し込んだ光に、闇に慣れた目が眩んだが、逆光の中に立つ姿を見間違うはずもなかった。

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