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ヒトとケモノ⑤
「……だから嫌いなんだ。朔月のことなんて」
鈴真は不機嫌さを隠しもせずに髪をかきあげた。だが、その瞬間頭に奇妙な違和感を感じる。こめかみの上辺りをさすってみると、何やら出っ張りがある──ような気がする。
「気のせい……だよな……」
鈴真は一瞬感じた違和感をなかったことにして、読みかけの本を開いた。しかし、部屋に充満する紅茶の香りが鼻をつき、眉をひそめた鈴真は朔月を呼んだ。
「朔月!」
「はい」
名前を呼ばれた朔月がすぐに部屋に入って来る。見ると、彼の身体はまだ鈴真がかけた紅茶で頭からつま先まで濡れていた。
「紅茶臭い。さっさと髪と身体を拭いて、ここも掃除しろ」
鈴真が自分で部屋を汚したのだが、身の回りのことは使用人に任せるのが当然という生活をしてきた彼には、自分で部屋を掃除するという選択肢は存在しない。
「ですが、まだお茶を淹れている途中で……」
「お茶なんか後でいいから、とにかく拭け! 何を優先すべきかぐらい自分の頭で考えろ!」
融通の利かない朔月を叱りつけて、鈴真は一旦部屋を出た。寝室に置かれたキャビネットからタオルを取り出すと、まだ呆然としている朔月に向かってそれを投げつけた。
「それでさっさと拭け」
苛立ちながら命じると、朔月はタオルを手にしてなぜか顔を伏せた。
「……ありがとうございます」
「別にお前のためじゃない」
鈴真はふんと鼻を鳴らして、再びソファに身体を沈めた。そのまま目を閉じ、朔月の存在を視界から追い出すと、ささくれ立っていた気持ちが少しだけ落ち着いてくる。
(いつまでこんな日々が続くんだろう)
そんなことを思いながら、鈴真は長く息を吐き出した。
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