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転機①
「鈴真、なんだこの点数は」
翌日、学校から帰ってテストを父に手渡した鈴真に、厳しい叱責が飛んだ。
「一宮家の跡継ぎとして相応しい人間になるようにと、普段から言っているはずだが」
低く冷たい声でそう言って、眉間に皺を寄せた父は、黙り込む鈴真に向かってテスト用紙を叩きつけた。
「……っ、申し訳ありませんでした……」
紙の端が頬に当たって切れて、血が滲む。それでも鈴真は微動だにせず、頭を下げ続けた。
父は呆れたように「もういい」と告げると、不機嫌そうに靴を鳴らしてリビングを出て行く。
「あなた、また鈴真の点数良くなかったの?」
「ああ。やはり何をやらせても朔月以下だな。本当に使えない」
「ケモノの子の朔月よりも劣っているなんて……」
廊下のほうから、両親の会話が聞こえてくる。鈴真は頭を下げた体勢のまま、悔しさに顔を歪めた。油断すると涙がこぼれ落ちそうになる。
「鈴真さま」
どれくらいそうしていたのか、自分の名前を呼ぶ声にはっと顔を上げると、朔月が心配そうに鈴真の顔を覗き込んでいた。
「……何の用だよ」
鈴真は今一番見たくない顔に遭遇して心底腹が立っていた。だが、朔月は鈴真の問いには答えず、彼の頬の傷をそっと撫でる。そのいたわるような触れ方に、鈴真の抑えていた怒りは限界に達した。
「やめろ!」
叫んで、朔月の手を振り払う。ぴしりと鋭い音がして、朔月は目を見開いた。朔月の手がみるみるうちに赤く腫れていく。
「同情でもしてるのか!? ケモノの子のくせに、ヒトである僕に情けなんかかけるな! お前なんか所詮ただの道具なんだよ!」
鈴真は涙を堪えながら怒鳴って、朔月の胸をどん、と強く押した。朔月はよろめきもせずになんとも言えない表情で鈴真を見ている。それが余計に鈴真の怒りに火をつけ、悔しさに歯噛みしながらリビングを出た。廊下を早足で歩いて階段を上ろうと角を曲がった時、父とぶつかった。
「鈴真さま」
後ろから朔月が追いかけて来て、鈴真に追いつく。父は朔月の赤くなった手を見て、鈴真を睨んだ。びくりと身体を固くした鈴真から視線を外し、朔月の手をとって優しく声をかける。
「大丈夫か? 冷やしたほうがいい」
「あ……大丈夫です」
父は、最近妙に朔月に優しい。ケモノは野蛮な生き物だと鈴真に教え込んだのは父なのに、朔月がケモノの子であることなどまるで気にしていないかのようだ。
鈴真はこれ以上ふたりの会話を聞きたくなくて、逃げるようにその場から離れた。朔月は追いかけて来ない。
(悔しい……悔しい! なんで僕があんなやつに!)
慰められるのも励まされるのも嫌いだ。自分が相手よりも下の存在なのだと思い知らされるから。ましてや朔月なんかに──どうせ、彼はまたテストで自分よりも良い点数を取るのだろう。そして、父に褒められるのだ。そう思うと、朔月のことが憎らしくてたまらなくなる。
薄暗い自室に戻って、鈴真はひとり嗚咽を漏らした。
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