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転機②

 ある日、一宮家に初老の夫婦が訪れた。  両親の古くからの知り合いだという彼らは、お茶を運んできた朔月を見ていたく気に入り、自分達の養子にしたいと言い出した。  両親は何度も断ったが、夫婦の願いを無下にはできないほどの恩もあり、結果彼らの熱意に根負けする形で、朔月を養子に出すことを了承した。  鈴真はと言うと、正直清々していた。やっと目障りなやつがこの屋敷からいなくなってくれるのだ。夫婦に感謝したいくらいだった。  だけど、朔月は浮かない顔をしていた。  夫婦は優しそうだし、家も一宮家と遜色がないほどに裕福だ。何よりも、使用人として働く必要がなくなり、人並みの生活ができる。それなのに、何が不満なのだろう。鈴真には理解ができなかった。  朔月が屋敷を出て行く日、鈴真は両親とともに彼の見送りに出ていた。庭先の門のところで、夫婦が乗る外車に朔月の少ない荷物が積み込まれていく。 「朔月」  車のそばでぼうっと突っ立っている朔月に、鈴真は声をかけた。人前なので、できるだけ穏やかに笑みをつくる。 「元気でやれよ」  暗に二度と戻って来るなと言っているのだが、朔月は一瞬泣きそうに顔を歪ませて、黙ったまま鈴真の目をじっと見つめた。何かを確かめるように──いや、鈴真の姿を目に焼きつけようとでもするかのように。  朔月の視線が痛いほどに注がれて、いたたまれなくなった鈴真はすぐに目をそらした。  やがて夫婦に呼ばれた朔月は車に乗り込み、屋敷から去っていった。

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