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絶望と再会①
「母さん……」
驚愕に目を見開き、わなわなと身体を震わせる母に手を伸ばす。彼女は鈴真の動きに大袈裟に驚き、後退りしながら「近寄らないで!」と叫んだ。
「母さん……? 僕がわからないの?」
母の悲鳴のような叫びが胸に突き刺さる。鈴真は信じられない思いで母を見た。いくら出来の悪い息子だからと言って、母が自分を全く愛していないとは思えなかった。なのに、なぜこんな化け物を見るみたいな目つきで、睨まれなければいけないのだろう。
それとも──いや、違う……そんなはずはない。
「母さん……っ、僕……母さんの息子だよ……! そうだよね……?」
もう一度手を伸ばし、母へと歩み寄る。しかし、母は鈴真から自分を守るように自らの身体をかき抱き、一歩、また一歩と後ろに下がる。
「私じゃない……! 私がこんな醜いケモノを産んだなんて、ありえない! あんたなんか、私の子供じゃない!」
──ワタシノコドモジャナイ。
この人は一体何を言っているのだろう。目の前の出来事がまるで夢の中みたいにゆらゆら揺れて、現実感がない。
泣きながらうずくまる母と、彼女に何事か声をかけながら背中を撫でる使用人。
(これは、夢だ──こんなことあるはずがない。僕がケモノだなんて……絶対に違う……)
鈴真は今の自分の状況を受け入れられず、呆然とその場に立ち尽くした。
自分の両親は確実にヒトだ。だから、ケモノ化するなんてありえない。こんなの夢だ、と思うのに、この最低な悪夢は一向に醒めてくれない。
早く、早く醒めてくれ。はやくはやくはやく──
「やはりな。私の思った通りだ」
母の泣き声だけが反響する空間に、突然冷えきった声音が響き渡る。
鈴真が緩慢な動きで声のしたほうへ首を巡らすと、泣き崩れる母の後ろに厳しい表情でこちらを見据える父が立っていた。そしてその隣には、幼い頃から鈴真を診てきた主治医が難しい顔をして寄り添っている。
「やはりって……どういう意味……」
いつの間にか、外は真っ暗だった。窓を叩く雨の音が、徐々に激しくなる。
鈴真の問いに答えたのは、父ではなく主治医だった。
「鈴真さん、貴方は間違いなくケモノです。ごく稀に、ケモノの血を引くヒトの子供が、成長期に突如ケモノ化することがあります。鈴真さんはまさしくそれです」
「待ってください! 僕はケモノの血なんか引いていません……!」
そう、ケモノの血など引いているはずがない。ケモノの血を引いているとすれば、それは自分ではなく──
「鈴真、お前は私達の子ではない。同じ日に同じ病院で産まれた朔月と、取り違えられたんだ」
「──」
指先が、かじかんだみたいに固まって動かせない。背中に汗が伝って、気持ちが悪い。遠くでゴロゴロと雷の音が聴こえた。
(僕が、ふたりの本当の子供じゃない?)
そんなの嘘だ。信じられない。それなのに、父も母も知らない他人を見るような目で鈴真を見ている。
──嫌だ。そんな目で見ないで……!
息が苦しくなり、自然と鈴真の呼吸が荒くなった。鼻の奥がつんとして、堪えきれなくなった涙がぼろぼろと頬を伝い落ちる。
窓の外では、鈴真の気持ちに呼応するかのように、ごうごうと音を立てて滝のような雨が降っていた。
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