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蒼華学園③

 朔月と別れてケモノ科の教室へやって来た鈴真は、ドアを開けて中を覗き、思わず顔をしかめた。  教室内には色んな形の獣耳と尻尾を持った、沢山の生徒で溢れていた。  だが、せっかくの入学式だというのに、皆一様に暗い表情をして、話す声もどこかぎこちない。彼らが味わってきたヒトからの差別を思えば当然のことだと、今の鈴真にはわかっていたが、それでも彼らを見ていると苛立ちがよぎる。 (これから三年間も、こいつらと過ごすのか……)  鈴真は深く息を吐き出し、黒板に書かれた座席表を見て、自分の席を見つけると腰を降ろした。周囲のケモノ達から意識をそらすように顔を伏せ、目を閉じる。 (こんなところ、早く出たい……あいつが……朔月が、学園に通えなんて言うから……)  鈴真がこの学園に入学したのは、朔月に誘われたからだ。  一宮家を追い出されてから、学校にも通わずにずっと朔月の部屋で過ごしていた鈴真だが、朔月が全寮制の蒼華学園に進学するということで、それなら従者である鈴真も一緒に学園に通おうということになり、無理やり受験をさせられた。  鈴真としては将来のことも考えて、いい加減勉強したいと思っていたので仕方なく朔月の誘いを受け入れたが、この学園に来てそれを後悔した。  当たり前のようにヒトがケモノを差別し、踏みにじる社会。昔の鈴真はそのことを何とも思っていなかった。しかし、今の鈴真は自分がその差別の対象となったことを突きつけられて、それを受け入れることがまだできないでいる。  そして、ヒトだった頃の感覚がまだ残っているせいで、ケモノなんかと同じ教室で授業を受けたくないと思っている部分もあった。今は自分もそのケモノの一員だというのに。 「あ、あの……! あの!」  すぐ横から、男子にしては高めの声で話しかけられ、鈴真は仕方なく視線を上げた。  鈴真の机のそばに、兎の耳と尻尾を持つ中性的な容貌の生徒が立っている。 「……誰」  あからさまに低い声を出して機嫌が悪いことをアピールしたが、彼には通じていないらしく、自分の呼びかけに鈴真が反応を示したことが嬉しいのか、にっこり微笑まれてしまった。 「あ、僕夕桜(ゆお)っていいます。さっき助けてもらって……覚えてないか。僕、影薄いから。あの……君、一宮くんだよね?」  夕桜と名乗った生徒はわずかに頬を染めながら、照れくさそうに鈴真を見ている。 「……なんで僕の名前を」 「黒板に書いてあるから。ねえ、下の名前なんて言うの?」  どうやら黒板の座席表に書かれた苗字を見て、鈴真の苗字を知ったらしい。 「……どうでもいいだろ」  鬱陶しそうに眉を寄せる。だが夕桜は空気が読めないのか何なのか、特に気にしたふうもなく、興奮気味に言った。 「君、あの神牙さまの従者なんでしょ? 入学試験の時、話題になってたよ」 「こうが、さま……?」  そういえば、先程も絡んできたヒトの生徒が朔月をそう呼んでいた。 「すごいよね! 神牙さまって言えばめちゃくちゃお金持ちですごく優秀で、この蒼華学園でも一部のエリートしか入れないっていう、蒼華会の新メンバーだもんね。ああ、あんなに素敵なご主人様がいるなんて、羨ましい……!」  夕桜は早口でまくし立てながら目を輝かせ、ほう、と溜息をつく。どうやら夕桜の中では朔月の存在がかなり神格化されているらしい。  そんな夕桜の態度に苛立った鈴真は、伏せていた顔を上げて反発した。 「何がご主人様だ……! 自らヒトの従者になりたがるやつの気が知れないな」 「そうかなあ? だって僕ら、それくらいしか楽しみがないじゃない? みんなから羨ましがられるご主人様を持ってる子はケモノの中じゃ一目置かれるし、いかに優秀で見目麗しいヒトの従者になるかって、みんなバチバチしてるよ?」  当たり前のように口にする夕桜に、鈴真は呆れて言葉を失くした。  彼らはヒトに虐げられることを普通のこととして受け入れているのだ。──かつての鈴真がそうだったように、この力関係に疑問を持つことすらしないのだろう。 「くだらない……僕は好きであんなやつの従者になったんじゃない」 「そうなの? もったいないなぁ」  鈴真は話は終わりだとばかりに机に突っ伏し、夕桜から顔を背けた。 (馬鹿馬鹿しい……ケモノに生まれた以上は、幸せになんかなれないんだ……)

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