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蒼華宮①
「おい、放せよ……!」
朔月は抵抗する鈴真をものともせず、腕を引っ張りながら廊下を歩く。ようやく振り返ったその顔は、いつものように穏やかな笑みを浮かべていた。
「無駄な抵抗だと思い知った? 君は主人である僕からは逃げられないよ」
こんなにも優しい顔で、残酷なことを口にする。
血の契約によって結ばれたヒトとケモノには、特別な繋がりが生まれるのだという。そのひとつに、従者は主人に決して逆らえないというものがある。
今も、鈴真は渾身の力を込めて抵抗しているつもりで、実際はその力の半分も出せていない。無意識に主人である朔月の意思に逆らわないようにしているのだ。
そしてその傾向は、主人に直接「命令」されることでより顕著になる。今は朔月は命令はしていないが、それでも鈴真の身体は朔月に従おうとしている。
こんなの、理不尽だ。従者となったケモノに自由などないということか。反吐が出る。
鈴真は無駄な抵抗と知りつつも懸命に腕を振りほどこうとした。しかし、やがて朔月相手に何をしても意味がないという諦めの気持ちのほうが勝り、結局黙ったまま朔月に手を引かれて校舎を出た。
しばらくお互いに無言で歩いて、鈴真はようやく朔月の向かう先が寮ではないことに気付く。
「寮に帰るんじゃないのか」
「一応、蒼華宮にも顔を出さないといけないと思って」
鈴真の問いかけに、朔月は静かな声で答えた。
「……そうか、みや?」
「学園内にある特別なサロンみたいなものだよ。蒼華会のメンバーはそこを自由に使っていいことになってるんだ。ほら、着いたよ」
朔月に言われて見上げた先に、翠色の屋根の大きな洋館が建っていた。どうやら古い建物らしく、ところどころヒビが入ったクリーム色の壁にはよくわからない植物の蔦が這っていて、何だか少し不気味だった。
「入ろう」
迷いなくドアを開けた朔月に促されて、渋々中に入る。ドアの向こうは広々とした吹き抜けのホールになっていて、少し音を立てただけでやたらと大きく反響した。
朔月はここの間取りをすでに知っているのか、真っ直ぐ進んで一階の奥の部屋のドアを開き、ちらりと鈴真を振り返った。
少しだけ見えた室内はどうやら広間のようで、豪奢な革張りのソファとテーブルが置いてあるのが確認できる。
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