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蒼華宮③
「騒がしいなあ……ゆっくり寝かせろや」
あくび混じりの声で広間から出てきたのは、春音と同じピンクベージュの髪に黒のメッシュを入れたヒトの少年だった。制服をだらしなく着崩し、胸元にはシルバーのネックレスが覗いている。
「冬音 、あんたまた朝帰りしたでしょ」
「昨日のケモノ、結構良かったからな。お前にも貸してやろうか?」
冬音と呼ばれた少年はにやつきながらぺろりと舌を見せ、自慢げに言った。彼らの言葉の意味を理解した鈴真は、目の前の男に吐き気がして、咄嗟にその場から立ち去ろうとした。しかし、朔月に腕を掴まれて引き止められる。
「いらなーい。あたしケモノになんか興味ないもん」
「もったいねえな。お前だってちゃんとした格好すりゃ女にモテるのによ、こーんなスカートなんか履いちゃって」
ふたりは鈴真の動向など目に入っていないらしく、自然に会話を続けている。
冬音が春音のスカートの裾を掴むと、春音はその手をぴしりとはたき落とし、心外そうに彼を怒鳴りつけた。
「うるさい! あたしはこれでいいの!」
「へいへい……悪かったよ」
憤慨する春音を見て肩を竦めた冬音は、ようやく鈴真のほうを見た。
「で、この猫ちゃんは何?」
「僕の従者の鈴真だよ。鈴、紹介するね。僕のクラスメイトの冬音。春音とは従兄弟同士なんだ。薄々気がついてるとは思うけど、春音はれっきとした男だよ」
思った通り、春音は女装した男性のようだった。女装している理由は謎だが、鈴真にとってはどうでもいいことだ。
朔月に紹介された冬音は、やはり春音と同じように鈴真の姿を上から下までしげしげと眺め、何を思ったのか「ほぉー、なるほどね」と呟いた。
その言葉の意味など知りたくもなくて、鈴真は冬音から目をそらした。
「もぉー、朔月ってばバラさなくてもいいのに!」
春音はむっとした表情をつくって朔月の胸をぽかぽかと殴る。そんな仕草すらも全て可愛らしく見えるように計算して行っていることがわかり、鈴真はこのふたりのことは好きになれないと感じた。もとから好きになりたいなどとは思っていないから、別に構わないのだが。
「風羽 さんは?」
おもむろに朔月が口にした名前に、鈴真の心臓がどきりと跳ねた。だが、朔月に悟られないように無表情でやり過ごす。
「生徒会の仕事が忙しくて今日は来られないってさ。最近はずっとそんな感じらしいよ」
「そう。……鈴、おいで」
不意に朔月が鈴真の手を優しく握り、その場をあとにする。鈴真は嫌な予感を感じつつも、朔月について行くしかなかった。
「どこ行くんだよ」
「僕の私室」
どうやらこの建物には蒼華会メンバーの私室まで用意されているらしい。
夕桜はエリートだから特別みたいなことを言っていたが、どうせ親が学園に寄付金を積んで子供を特別扱いさせているとか、そんなくだらないシステムなのだろう。
鈴真はかつての自分もそんな人間の中にいたことを思い、何とも言えない複雑な気持ちになった。
ふたりが朔月の私室に入ったあと、残された冬音は楽しそうに口笛を吹いて笑った。
「早速お楽しみかよ。朔月ってああいうのが好みなんだな。確かに美人だけど、俺は男は勘弁だわ」
「朔月はあたしのなのに……っ」
一方の春音は、朔月の私室のドアを恨めしそうに見つめながら苛立ちを隠しもせずに爪を噛んだ。そんな春音を横目で見て、冬音は溜息をつく。
「お前さ、朔月に媚び売るためにそんな格好してんの?」
「当たり前でしょ!? 朔月だって可愛いほうがいいに決まってるじゃん!」
春音は当然だと言わんばかりに冬音を睨む。冬音は「へいへい、必死だねえ」と言って広間に戻り、ソファに横になりながらひっそりと呟いた。
「無駄な努力だと思うけどね、俺は」
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