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傷痕①

 鈴真は鏡を見るのが嫌いだ。自分がケモノなのだと──敬愛している両親の本当の子ではないのだと、思い知らされるからだ。  まだ神牙家に来たばかりの頃、鈴真は何もする気が起きず、毎日朔月のベッドで寝て過ごしていた。起きているとあの日の雨の冷たさや自分を見る母の怯えた顔、父の嫌悪と侮蔑のこもった眼差しが何度も頭の中に浮かんできて、言葉にできない思いで張り裂けそうになる。だから、何も考えなくても済むように、ひたすら何時間も眠り続けた。そのうち意識は泥の海に沈んでいくみたいに昏く澱んでいき、今自分が起きているのか寝ているのかもよくわからなくなる。  朔月に食事だけは摂るように言われていたが、それも拒否した。何も口にしたくないし、朔月の顔も見たくない。とにかく日々を無為に過ごし、朔月はそんな鈴真に何か言いたげな視線を向けていたが、言葉にすることはなかった。  そんなある日のことだった。  ふと鈴真が目を覚ますと朔月の姿がなく、たまたま目に入った机の上に、封の切られた手紙とハサミが置いてあった。封筒に書かれた差出人の名前を見て、鈴真は思わずそれを手にとり、中に入っている便箋を広げた。そして、すぐにそのことを後悔した。  そこには、よく見知った父の字で「お前は確かに私達の子だ。だからどうか一宮に戻って来て欲しい」と書かれていた。宛名はもちろん、朔月宛だ。  考えてみれば、朔月が自分達の本当の息子だと知ったなら、両親が朔月を取り戻そうとするのは当然のことだ。朔月なら鈴真と違って優秀だし、一宮家の跡継ぎとしても申し分ないだろう。  もしかしたら、父は鈴真と朔月が取り違えられた可能性に気付いていたのかもしれない。だから鈴真に厳しく当たり、朔月には優しく接していたのではないだろうか。  朔月は一宮家に戻るのだろうか。そうしたら、自分も連れて行かれるのか。朔月の従者として、使用人のように扱われるのか。いや、父は鈴真に二度と現れるなと言っていた。きっと、鈴真が一宮家の敷居をまたぐことを許さないだろう。そうしたら、自分は一体どうなってしまうのか。  鈴真の胸の内に、どす黒い染みが広がっていく。哀しみ、怒り、妬み、そして憎悪。それら全てがぐちゃぐちゃに混ざりあった醜い感情に支配されて、酷く暴力的な衝動が湧き上がってくる。

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