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※満月③

「げ、ケモノじゃねぇか……」  そこには見知らぬヒトの生徒が立っており、鈴真の姿を見るなり不愉快そうに顔を歪めた。鈴真はまずい、と思いつつ平静を装い、すぐに目をそらして彼から意識を遠ざけた。 「ちっ……せっかくサボろうと思ったのに、ケモノ臭くてしょうがねぇわ」  生徒は舌打ちしてその場を立ち去る。彼がドアのほうへ向かうのを見て、鈴真はほっと胸を撫で下ろした。  しかし、その時突然鈴真の心臓がどくどくと高鳴り始めた。先程とは比べ物にならないくらいに身体が熱くなる。 (嘘だろ……? まだ夜じゃないのに、なんで……)  昼間のうちは大丈夫だと思っていた。少なくとも、いつもはそうだった。それなのに、こんなに早く来るなんて。  鈴真の身体はぶるぶると震え、全身から汗が噴き出し、次第に呼吸が荒くなる。息苦しさに耐えきれず、思わず胸を掻きむしると、下腹部がじんと熱を持っていくのがわかった。 「ぁ、あ……っ」  自然に漏れた声を聞いて、生徒が訝しげにこちらを振り返る。鈴真の姿をもう一度見た生徒は、衝撃を受けたように目を見開き、その顔はみるみるうちに赤く染まっていった。  ──こういう反応を見るのは初めてではない。けれど、今の自分の何がそんなに彼を動揺させているのか、鈴真には理解ができなかった。 「……何だよ。男のくせにエロい声出しやがって……」  生徒は興奮した様子で舌なめずりし、鈴真の上にのしかかった。腹の上がずしりと重くなり、鈴真は逃げ出そうと身体をよじったが、ろくに力が入らずに抵抗らしい抵抗もできない。そのうちに、生徒は鈴真のネクタイを解いてシャツの胸元を開け、隙間に手を入れてまさぐるように胸を撫で回す。鈴真は見知らぬ男から好き勝手に触られる嫌悪感に、吐きそうになるのを堪えた。 「や、めろ……っ」 「あぁ? お前から誘ったんだろ? 大人しくしてりゃ気持ちよくしてやるからさぁ……」 「ひっ……!」  突然胸の突起を強く摘まれて、鈴真は声を噛み殺した。生徒はもう片方の手で鈴真のベルトを緩め、服越しに敏感な場所に躊躇いもなく触れてくる。その手つきは乱暴で、とてもじゃないが気持ちいいとは思えなかった。 「嫌だ……触るな、嫌だ……っ!」  こんなの嫌なのに、身体に全く力が入らず、鈴真の目に涙が溜まっていく。 (気持ち悪い……!誰か……) 「さつき……っ、朔月……!」  鈴真は自分でもよくわからないまま、朔月の名前を無我夢中で叫んだ。助けに来るはずがないのに、脳裏に浮かんだのはなぜか朔月の顔だった。 「ぎゃっ!」  その時、鈍い音とともに生徒が叫び、鈴真の上にのしかかっていた重みが消えた。わけがわからずに視線をさまよわせると、床に倒れ込んだ生徒に蹴りを入れている朔月の姿が目に入った。 「うっ、こ、神牙さん……!?」 「気安く人のもんに触ってんじゃねぇよ。消えろ」  朔月が普段の彼からは想像もつかないような低く、冷たい声で吐き捨てると、生徒は一目散に逃げて行った。  ようやく助かったのか、と安心した鈴真は、ほっと息を吐き出した。まだ手が震えている。 「鈴」  振り向いた朔月はいつもと同じ穏やかな表情をしていたが、鈴真の姿を見るなりつらそうに目を細める。  鈴真は一刻も早く先程のおぞましい手の感触を忘れたくて、乱された制服を整えるために無理やり身体を起こした。だが、上手く力が入らず倒れ込みそうになり、それを見た朔月がすぐに鈴真の身体を支えて、ゆっくりと抱き起こす。 「鈴……もう大丈夫だよ。怖かったね」  朔月は鈴真を抱きしめて、髪を撫でながら優しく囁いた。触れている箇所からじんわりと温もりが広がり、鈴真はなぜかそれを心地いいと感じた。 (なんで、こいつに触れられるのは嫌じゃないんだろう)  さっきの生徒に身体をいじられた時は、嫌悪感しか感じなかった。触れてくる手が汚らわしいものに感じられて、吐き気がした。なのに、今自分を抱きしめている朔月の腕の温もりは、冷えきった鈴真の心を溶かし、先程の生徒に汚された肌を清めてくれているような気さえした。  鈴真は朔月に何か言おうと口を開きかけたが、急に視界が真っ暗になって、気が遠くなる。そして、そのまま意識を手放した。

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