30 / 121
満月④
──これは、一体いつの出来事だろう。
窓の外は暗く、激しい雨と風の音にガタガタと震えながら、鈴真は頭から布団を被っていた。
その日はたまたま父も母も留守にしていて、夜遅い時間だったので使用人もほとんど帰ってしまっていた。
鈴真は嵐の夜が苦手だった。雨の日はいつもより憂鬱な気分になるし、窓を揺らす風の音には恐怖しか感じない。早く、帰って来た両親に「怖かったね、大丈夫だよ」と優しく抱きしめて欲しい。
だけど、鈴真は両親が自分を抱きしめてなどくれないことを知っている。鈴真のこんな姿を見たら、父はそれでも一宮家の跡継ぎか、と怒るだろうし、母からは呆れられる。それだけだ。
だから両親に「早く帰って来て欲しい」などとは言えなかった。でも、やっぱりこんな夜にひとりぼっちでいるのは怖い。
「こわい……お父さん、お母さん……」
布団の中で泣いていると、不意に部屋のドアが開く音がして、誰かが布団越しに鈴真に触れた。自分と同じ、幼く小さな手の感触。
「鈴真さま」
すぐそばで朔月の声がする。鈴真は驚き、布団からそっと顔を覗かせた。
「朔月……?」
「大丈夫です。僕が鈴真さまを守ります」
朔月はそう言って、鈴真の震える手をぎゅっと握りしめた。冷たくなった鈴真の手のひらに、優しい温もりが伝わる。いつもならすぐに振り払うのに、恐怖で心が弱っていたせいか、その時はとても安心して、朔月の手をおずおずと握り返した。
「……うん」
鈴真が素直に頷くと、朔月は目を細めて鈴真をじっと見つめていた。その眼差しが優しくて、すっかり安心しきった鈴真はいつの間にか深い眠りに落ちていた。
──朔月は変わった。昔は虫も殺せないような内気な子供だったのに、今は平気な顔で鈴真に残酷な「お願い」をしたり、鈴真を襲った人間を蹴りつけて「消えろ」と吐き捨てるような、横暴で粗野な人間になっていた。普段見せている穏やかな優等生の顔と違いすぎて、たまにその歪んだ一面が怖くなるほどだ。
特にあの「お願い」に関しては、鈴真が朔月にしてきた仕打ちを考えれば当然のことかもしれないが、主従の立場が逆転したことにより、朔月の横暴さはどんどん増していった気がする。
それなのに、何もかも変わってしまったと思っていたのに、朔月の温もりの優しさは昔と何も変わっていなかった。
もしかしたら、変わったのは鈴真のほうかもしれない。主人となった朔月を自然と畏れるようになったから、朔月の本当の姿が見えなくなってしまったのではないか。
(朔月は、僕のことをどう思っているんだろう)
いつも、どういうふうに鈴真を見て、どんなことを思って、優しくしたり、意地悪をしたりしているのだろう。
考えてみれば鈴真は、朔月のことを何も知らない。知ろうともしてこなかった。
初めて、鈴真は朔月の心の中が知りたいと思った。
ともだちにシェアしよう!