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茨の棘②
しかしそんな鈴真の気持ちを知ってか知らずか、朔月は溜息混じりに言った。
「でも君達ケモノはあらゆる面でヒトより劣っているし、君ひとりでやるよりも僕が教えたほうが早いと思うんだけど」
「……っ、うるさい! そんなこと言われなくてもわかってる!」
鈴真は朔月の腕を振りほどき、布団を頭から被って泣きたい衝動を堪えた。
──わかっている。朔月の言う通り、ケモノの自分がどれだけ努力したって、生まれつき優れた能力を持つヒトには敵わない。全部、わかっている。
だけど、朔月にだけはそんなことを言われたくなかった。そう思っている自分に驚く。もしかして、朔月に応援して欲しかったのだろうか。「努力すればきっと上手く行くよ」なんて言って、いつもの優しい笑顔で安心させて欲しかったのだろうか、と考えて、そんなはずないとすぐにその思考を打ち消した。
「鈴、泣いてるの?」
「……泣いてない……っ」
上半身を起こした朔月が布団をめくり、顔を覗き込んでくる。鈴真は朔月の視線から逃れようと腕で顔を覆い、溢れそうになる涙をバレないようにそっと拭った。
「泣かないで……意地悪言ってごめんね。僕は鈴の努力家なところ、昔から好きだよ」
朔月は宥めるように謝ったが、さほど努力もせずに何でもできる朔月に言われると見下されているようにしか感じなくて、鈴真は我慢できずに顔を上げて朔月を睨みつけた。
「うるさい! お前だって結局僕を馬鹿にして楽しんでるんだろ! 僕に奴隷みたいに扱われたことを恨んで、復讐のためにわざわざ僕を従者にしたんだ……! それなのに、今更優しいふりなんかするな!」
今までずっと胸に燻っていた疑問。なぜ朔月は自分を虐めていた鈴真を助けたのか。そんなの、復讐のために決まっている。
なのに、たまにすごく優しくなったり、昨夜のように激しく求めてきたりするから、馬鹿な勘違いをしそうになる。
──もしかしたら、自分は朔月に大切にされているのではないか、と。
「……本気でそう思ってるの?」
ふと、朔月が笑みを消した。何も悪いことはしていないのに、鈴真は思わずびくりと肩を震わせてしまう。
「だって、そうだろ……ほかに何があるんだよ……!」
鈴真は朔月から目をそらして、吐き捨てるように言った。
ふたりの間に沈黙が落ちる。いたたまれなくなった鈴真がちらりと朔月を見ると、いきなり彼の手が伸びてきて鈴真の顎を強く掴み、強引に口付けてくる。
「んっ……!?」
塞がれた唇から朔月の熱が伝わり、鈴真の心臓がドクンと跳ねた。鈴真はなぜか抵抗できなかった。鈴真が大人しくされるがままになっていると、朔月が唇を離し、その顔に真剣な表情を浮かべた。
「僕は鈴が好きだよ。だから自分だけのものにしたくて、君を従者にしたんだ」
「……好き……?」
思いがけない言葉に、鈴真は瞠目した。
好き、というのは、おそらく恋愛感情のことだろう。いくら鈴真でも、朔月の顔を見ていればそれくらいはわかった。
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