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種族の壁②

 その日は何事もなく授業を終えて、あっという間に放課後を迎えた。しかし、ヒト科のクラスの授業が長引いているのか、なかなか朔月は姿を見せなかった。 「神牙さま、来ないねぇ?」 「便所にでも行ってるんじゃねぇの」  なぜか、夕桜と灰牙も鈴真とともに朔月を待っているようだった。鈴真の前の席に夕桜が、隣の席に灰牙が座り、揃って廊下のほうを見ている。 「……君達まで待つ必要はないだろ。帰れよ」  鈴真は素っ気ない態度をとるが、ふたりとも全く気にしていないのか、顔を見合わせて「だって、気になるし」と言った。  そもそも、なぜ毎日朔月と一緒に下校しなければならないのだろう。なぜ自分は大人しく朔月が来るのを待っているのだろう。まるで自分が飼い主の帰りを待つ忠犬にでもなったような気分だ。  そんなくだらないことを考えていたら、教室の外がにわかに騒がしくなった。 「神牙さまかな?」  夕桜が目を丸くする。  朔月が鈴真を迎えに来るのはもはや日常茶飯事となっているので、今更騒ぐほどのことでもないと思うのだが……何やら嫌な予感がする。 「鈴」  案の定、朔月とともに春音と冬音が教室に入って来て、鈴真は顔をしかめた。 「えっ、あれって確か蒼華会メンバーの、春音さまと冬音さまだ!」  夕桜はやはりふたりを知っているらしく、椅子から立ち上がって慌てている。そんな夕桜に春音が可愛らしく笑いかけると、クラスメイト達の視線が春音に釘付けになった。 「あたしのこと知ってるんだ? 嬉しい!」  ケモノを嫌っているくせに、よくもまあ堂々と嬉しいだなんて嘘がつけるものだ。  鈴真が春音の態度の変化に閉口すると、冬音がにやつきながらこちらを見た。 「聞いたよぉ? 猫ちゃん、朔月にお姫様抱っこされて寮まで運ばれたんだって? 見たかったなぁ!」  またその話か、と鈴真は取り合わなかったが、冬音は気にせず教室を見渡し、ふうん、と呟く。 「ケモノ科のクラスなんて初めて来たけど、なんか普通。もっとケモノ臭いのかと思ってた」 「あ〜、確かに。意外とちゃんとしてるんだね」  冬音と春音は何でもなさそうに差別的な発言をし、それを聞いたクラスメイト達は背を丸めてこそこそと教室を出て行った。夕桜は困ったような顔で立ち尽くし、灰牙は明らかに苛立っていて、今にも飛びかかりそうだった。そんなふたりの顔を見ていたら急に言い様のない怒りが湧いてきて、鈴真はゆっくり椅子から立ち上がった。  その時、突然鋭い音とともに冬音の身体が横に傾いた。彼は頬を押さえて呆然としている。朔月が冬音の頬をぶったのだと気付いて、鈴真は冬音に投げつけようとしていた鞄を机に置いた。 「鈴、帰ろうか」  朔月は何事もなかったみたいに微笑んで、鈴真の手を握る。 「さ、朔月……やだなぁ、ただの冗談だよ! そんなに怒らないで!」  春音が朔月の機嫌をとろうと、彼の腕にしがみついた。だが、朔月はその手を振りほどき、無表情で春音を見下ろした。 「触るな」 「……っ、朔月……」  朔月の冷たい拒絶の言葉がよほどショックだったのか、春音は泣きながら教室を飛び出して行った。そのあとを追いながら、冬音が朔月をちらりと振り返る。 「悪かったよ。だから、次会う時は春音には普通に接してやってくれ」 「……別に、僕は怒ってないよ」  冬音は何も答えず、教室を出て行った。

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