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嫉妬①

 ふたりが出会ったのは、鈴真の十歳の誕生日パーティーの夜のことだった。  誕生日パーティーとは言ってもそれは建前に過ぎず、蓋を開けてみればそれは大人同士の社交の場だ。両親は招待客の応対に追われて鈴真はほったらかしにされ、退屈を持て余していた彼はこっそり大広間から庭に出た。  色とりどりの薔薇が咲き乱れる中庭には人影がなく、少々肌寒かったが、鈴真はベンチに腰かけて頬杖をつき、屋敷の灯りを眺めた。  その時、不意にシャッター音がすぐそばから聴こえて、鈴真は驚いて立ち上がった。 「あ、悪い。あんまり綺麗だったから……つい」  生垣の陰から姿を現したのは、鈴真よりも背が高くて子供にしては落ち着いた雰囲気の、重そうなカメラを首から下げた少年だった。こちらに向けてカメラを構えた体勢のままだったので、彼が自分の写真を撮ったのだと気付く。 「人に断りもなく勝手に写真を撮るなよ」  不機嫌さを露わにした鈴真に、少年は動じたふうもなく笑いかける。 「悪かったよ。でも、今日壇上で挨拶する君を見て、撮りたいなって思ったんだ。だから、ここで会えたのも何かの縁だと思って、思わずシャッターを押してしまった」 「僕を……?」  そんなふうに言われたのは生まれて初めてだ。確かに鈴真の髪色は珍しいし、好奇心から写真を撮りたくなる気持ちもわからないでもないが、目の前の彼が鈴真を撮りたいと思ったのは、そういう気持ちからではないような気がする。 「そうだよ。真っ白で、綺麗だと思った。まるで天使みたいだ」  少年は恥ずかしげもなく堂々とロマンチックな台詞を吐いて、鈴真をじっと見つめた。  いつもなら馬鹿にしているのかと苛立つような台詞も、彼が口にすると本心から言っているのだということがわかり、嫌味なく胸にすっと入ってくるから不思議だった。 「もう一枚、撮らせてくれないか?」 「……別に、構わないけど」 「ありがとう! あ、俺は風羽。君は鈴真だろ? 良かったら友達にならないか?」  風羽と名乗った少年は嬉しそうに笑って、鈴真に手を差し出した。彼には人を素直にさせる力でもあるのか、鈴真は気がつくとその手を握り返し、ぎこちなく頷いていた。  風羽はそんな鈴真を見て笑みを深くし、鈴真をベンチに座らせて何枚も写真を撮った。  そのあと風羽とはすぐに別れたのだが、後日彼から手紙が届き、ふたりは文通するようになった。やりとりの内容は他愛もないものばかりだったが、それでも鈴真は風羽からの手紙が届くのを心待ちにしていた。  ──そう、鈴真がケモノになり、屋敷を追い出されるまでは。

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