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嫉妬②

「風羽さん、お久しぶりです」  朔月の言葉に、過去の記憶を反芻していた鈴真は顔を上げた。朔月が笑みを浮かべて風羽に会釈している。  ふたりが知り合いだったことに驚いたが、考えてみれば朔月も風羽もこの蒼華会に出入りするほどの名家の出身なのだ。繋がりがあってもおかしくはない。 「ああ、朔月か。久しぶりだな。……その子は……」  風羽が、朔月に挨拶を済ませてから部屋の隅に突っ立っている鈴真に目を向ける。風羽の瞳に自分の醜い姿が映っている。そのことが急に怖くなった鈴真は、咄嗟に朔月の後ろに隠れた。 「鈴真? 鈴真だろう?」  風羽はケモノになった自分を嫌悪するだろうか。彼の反応を目にするのが怖くて、何も答えられないでいると、朔月がこちらを振り向きもせずに鈴真を紹介した。 「はい。今は僕の従者です」 「そうか」  風羽の気配が近付いてきて、恐る恐る視線を上げる。風羽は鈴真と目が合うと、嬉しそうな微笑みを浮かべて鈴真の肩に手を置いた。 「久しぶりだな、鈴真。俺のことを憶えているか? 昔、手紙のやりとりをしていただろう?」 「……っ」  風羽の態度は昔と何も変わらなかった。よもや、風羽にはこの獣耳と尻尾が見えていないのではないかと思うほどだ。  どう答えたらいいかわからずに視線をさまよわせる鈴真だが、朔月が風羽から鈴真を隠すようにふたりの間に割って入り、奇妙なほど穏やかに口を開いた。 「すみません風羽さん。鈴はケモノになってしまった自分に引け目を感じて、恥ずかしがっているだけなんです」 「な……」  朔月の言葉は図星だったが、勝手に自分の恥部を晒されたようで、鈴真の頬がカッと熱くなった。 「そうなのか? ケモノもヒトも大して変わらないだろう?」  風羽はきょとんとして朔月と鈴真を交互に見ている。鈴真はやはり風羽はこういう人間だ、昔と何も変わっていない、と思って少し嬉しくなった。 「風羽さん、まだそんなこと言ってんすか?」  冬音が呆れた、とでも言いたげに半眼になる。風羽は冬音に向き直り、先程詩雨と呼んでいた狐耳の少年を自分のほうに引き寄せた。 「当たり前だ。俺もかつてはお前達のようにケモノを見下していたが、詩雨と出会って考え方が変わったんだ。なぁ、詩雨?」  自信満々な様子でそう言って、詩雨の頬に優しくキスをする。詩雨はわかりやすく動揺し、風羽から離れた。 「風羽……! 人前ですよ!」 「どうせここには冬音達しかいないんだ。いくら触れ合っても大丈夫だよ」  風羽の詩雨を見る目が甘さを含んでいる。詩雨も、風羽を見つめながら頬を染めている。そんなふたりを見ていた鈴真は、自分の中にわけのわからない焦燥感みたいなものが渦巻いていることに気付く。 「いや……確かにそうだけど、こんな堂々とイチャつかれるとなぁ……」 「ケモノと恋仲になるなんて、変わってますねぇ」 「そうかな? 別に普通じゃないか?」  戸惑うような冬音の声と、興味なさげな春音の声がする。  もうこれ以上ここにいたくなくて、鈴真はドアのほうへと向かう。すると、誰かが鈴真の手を握った。見なくても朔月の手だ、とすぐにわかった。 「鈴、おいで」  鈴真にだけ聞こえるように声をひそめて告げると、朔月は鈴真を連れて広間を出た。そして、そのまま自分の私室へ入っていく。 「ん? どうしたんだ朔月は?」 「さぁ……?」  首を傾げる風羽に、冬音はとぼけた返事をした。  ふたりが消えていったドアを睨み、春音は忌々しげに唇を噛んだ。

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