46 / 121

※嫉妬③

 朔月の私室に入ってすぐに、鈴真の身体はベッドの上に投げ出された。朔月にいきなり突き飛ばされたのだ。  朔月は先程までの穏やかな雰囲気を消して、底冷えするような冷徹な瞳で鈴真を見下ろしている。 「何をするんだ……!」  シーツの上に肘をついて起き上がろうとした鈴真だが、それを制するように朔月が覆いかぶさってきて、押し倒される恰好になる。 「嬉しかった?」 「え?」  一瞬、何を聞かれているのかわからなかった。  眉根を寄せて朔月を凝視すると、彼は冷えきった眼差しのまま、口元だけを器用に微笑ませた。 「嬉しかったんでしょ? ずっと会いたかった、大好きな風羽さんに会えて」 「……っ」  見透かされている。だけど、鈴真は何も悪いことはしていないのに、なぜこんなふうに朔月に責められなければならないのだろう。  鈴真が口を開くと、朔月はそれを遮るように早口で言った。 「鈴、昔から風羽さんに憧れてたもんね。でも残念だったね、風羽さんは詩雨と付き合ってるんだ。だから、いくら君が風羽さんを想ったって無駄なんだよ」 「……別に僕は、そんなんじゃない……」  鈴真は朔月の言葉に、何か違和感を感じていた。確かに朔月の言う通り、鈴真は風羽が好きだ。だけどそれは、彼のことを兄みたいに慕っているからであって、朔月の言うように恋愛感情から来るものではない。  そのはずなのに、なぜこんなに哀しいのだろう。なぜ、今朔月とこんなふうに気持ちがすれ違っていることが、嫌だと感じるのだろう。 「なら、どうしてそんなに泣きそうなの?」  朔月に指摘されて、初めて涙が目に溜まっていることに気付く。朔月の冷たい視線から逃れたくて、鈴真は両腕で顔を覆ってきつく目を閉じた。 「うるさい……! お前には関係ないだろ!」  思わず拒絶の言葉を叫んでいた。腕の隙間からおずおずと朔月の様子を伺うと、朔月が鈴真の両手首を掴み、頭の上で一纏めにしてがっちりと押さえつけた。 「そう。そういう態度とるなら、お仕置きしないとね」 「なにを……言って……」  不穏な言葉を吐いた形のいい唇が、ゆっくりと鈴真の唇に重なる。それと同時に空いているほうの手が鈴真のネクタイを解き、そのままシャツをこじ開ける。ひんやりとした指先が胸の突起に触れて、鈴真はびくりと身体を震わせた。  これから何が始まるのか、わからないほど鈴真は馬鹿ではなかった。 「それにしても、鈴真がケモノになったのは驚いたな。朔月と取り違えられたんだったか」  ソファに座り、詩雨に淹れてもらった紅茶を飲みながら、風羽が呟く。 「それでも朔月が一宮家に戻らなかったのって、何か理由あるんすかね。実の親なのに……聞いても答えてくれなくて」  冬音が三人掛けのソファに横になりながら、あくび混じりに聞くと、そばで不機嫌そうに顔をしかめた春音が答える。 「朔月の考えてることなんて、誰にもわかんないよ。いつもはぐらかして、本心を見せないもの。結局誰のことも信用してないんだ、朔月は」 「……そうかな?」  ふたりの話を聞いていた風羽が、瞳を伏せる。 「風羽さん?」 「俺には、鈴真だけには心を開いているように見える。誰かに頼ることが苦手なあいつにしては、随分と素直に甘えていると思うぞ?」 「え……」  春音と冬音が顔を見合わせると、突然ドアの奥のホールのほうから何かが割れる音がした。 「な、何? 泥棒?」  春音がソファから腰を浮かせてホールへと続くドアを見やる。風羽は詩雨に目配せをして、立ち上がった。 「俺が見てこよう。詩雨はここで待っていてくれ」  三人に見送られながらドアを空けて広間を出ると、ホール内は静まり返っていた。だが、朔月の私室へと続くドアがほんの少し開いているのに気付き、そちらに意識を集中させる。中からかすかに声が漏れて、衣擦れの音が聴こえてきた。  風羽は、躊躇いもなくドアノブを掴んでゆっくり押し開いた。

ともだちにシェアしよう!